77:ご用件は
「よくぞおいでくださいました。私はビューマン伯爵家当主、ジルバーク・ビューマンと申します。聖女様とお会いできて、光栄の至りです」
「は、はい……。こちらこそです」
にこやかに名乗る銀髪の壮年の男性を前に、私は萎縮しまくっていました。
それこそ国王様にお会いした時以上です。どうしてそこまで身をこわばらせているかといえば、男性――ビューマン伯爵様のせいではなく、この場所が普通ではなかったためです。
ここは伯爵家の応接間。
そこに招かれた私はソファに座り、向かい側のビューマン伯爵様と挨拶を交わしたところです。
私が怖がっているのは、部屋の至るところに飾られている変な置物や、この世界ではまだ見かけたことがなかった奇抜な仮面などの品々です。伯爵家の応接間というよりは魔術師の館と言われた方が納得できそうなくらいでした。
「びゅ、ビューマン伯爵は、素敵な趣味をお持ちなんですね……」
「ああ。これらですか。これらはカサンドル国から取り寄せたもので、こういった珍しい物の収集が私の趣味なのですよ。一見不気味ですが、邪を祓う効能があると言われているので飾っているのですよ」
「へえ、そうなんですか。こちらの世界でも魔除け的なグッズはあるんですね」
まあ、魔道具とかもあるらしいですし魔除けくらいあって当然なのでしょう。具体的には魔道具が何かは知りませんけど。
少し興味はありますが、早くこの禍々しい空気が漂う……もとい、魔除けに囲まれた聖域から脱出するためにもさっさと本題に入った方がいいでしょう。
そう思った私は、単刀直入に尋ねることにしました。
「ところでビューマン伯爵様はどうして私を呼んでくださったんです? 私、何かまずいことでもやらかしてしまいましたでしょうか」
思い当たる節ならたくさんあるのです。
例えば、断りもなしに街中で聖魔法をぶっ放したこと。
他にもネズミ捕りのために住民の皆さんに迷惑をかけたり、その他諸々の悪人退治をするために暴れ回ったり……。そして極めつけは勝手に花火を打ち上げたことです。
これはさすがに怒られるのも仕方ありませんね。完全に街の管理者の人のことまで考えが及んでいなかった私が悪いです。
そう思い、多少のお叱りを受けるのを覚悟していたのですが。
「聖女様。我が領へ光をもたらしてくださったこと、心より感謝申し上げます」
なぜか私は、例によって頭を下げられてしまったのでした――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
よくある展開で、大したことをやっていない主人公がちょっとした成功で周りからペコペコ頭を下げられるみたいな話があったりしますけど、今の状況はあれと酷似しています。
別に聖女だからって私をそこまでわっしょいしなくてもいいんですよ!?と思わず言ってしまいたくなります。ただの一般人である私がそんな皆さんにペコペコされたって嬉しいわけないじゃないですか。そういうのはレーナ様とか自尊心が高そうな王族にでもやっていればいいんですよ。
「あの、もうそういうのいいんで」
思わず本音をこぼすと、伯爵様はなんだか蒼白になってしまいました。
「何か失礼がありましたか、聖女様……?」
そういえば私、今は王族並みにやんごとない身分なんでしたっけ。うっかり機嫌を損ねたと知ったら伯爵様がビクビクするのも当然ですよね。
失敗しました。私は慌てて作り笑顔を浮かべます。
「いや、そういうことじゃなくて。私、ただ運命という名の不可抗力に翻弄されて生きているだけなので、別に私が偉大とかじゃないんです。ですからそんなに褒めてくださらなくても大丈夫かなーという感じで思っていて」
「聖女様、謙遜なさることはないでしょう」伯爵様が驚いた様子で言いました。「実際あなたは、オセアンに三日滞在されている間に、たくさんの問題解決をしてくださった。どれも領主である私が頭を抱えていた問題ばかりで、感謝しかないのですよ」
「それは成り行きだったんです。そして花火なんて勝手に作ってしまったくらいで……」
「もしや『女神の愛』も聖女様が降らせたのですか」
「いえ、流れ星の方は違いますけど」
「素晴らしい! さすが女神の寵愛を受けたお方だ」
いくら説明しようとしても、ますます崇められてしまう一方でした。
挙句の果てには金貨をいっぱい詰め込んだ袋を持ち出され、「受け取ってください」だなんて言われてしまう羽目に。これって多分かなりの大金ですよね……?
「受け取れません。私、まだ未成年ですし」
「いえいえどうぞ」
おそらく伯爵様が人が良いせいなのでしょう。「お礼の気持ちですから」と金貨を押し付ける――もとい、握らせてくださいます。
ええっと、これは本気でどうしましょう。断るのも失礼ですし、でも私がこんな大金をもらうわけにはいきませんし……。
その時、救世主が現れました。
「聖女様が迷惑してるだろ。やめて差し上げろよ、親父」
そんな声がしたと同時に応接間の扉が開かれ、一人の少年が入って来たのです。
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