74:星降る夜にキミを想う ――エムリオ視点――
今夜はこの地方で有名な夏祭りがあるらしい。
おかげで街中が賑わっている。今頃大通りは人でごった返していることだろう。
本当なら気軽に参加したいところだが、平民の風習が染み付いてしまうだの何だの言って父に叱られそうなのでやめておこう。
まったく王子というのも損な役回りだよ。気軽に他人と接することができず、かといって城でじっとしているわけにもいかない。現に今だって仕事の真っ最中だ。
ボクは今、この街の異常現象について調査をしている。
港町だというのに数週間前から海がおかしくなり、出港できずに困っていると聞く。異常現象が起きているのは沖の方だから、今は浅瀬に寄り集まって来る魚を獲って過ごしているらしいが、住民の不満は尽きない。
「せめてニニが来てくれたらどうにかなったんだろうけどね……」
ボクは誰にともなく愚痴を漏らし、ため息を吐く。
平民出身の異端などと言われつつも圧倒的な能力で周囲を認めさせている女騎士、ニニ・リヒト。ボクも何度か稽古してもらったことがあるが全然敵わなかった相手だ。
彼女ならば光魔法でこの異常現象を解決してしまうのかも知れない。だが彼女は今非常に多忙で、仕方なく充てられたのがボクだった。
でも、特段騎士としての腕前は高くない上に魔法が使えないボクにはどうしようもない。せいぜいこうなった原因を調べ、打てるだけの手を打つくらいのことしかできないんだ。
「せめて仲間がいればなぁ……」
大抵の場合は騎士仲間や護衛か何かがつくものだけど、今回はそれもいない。
警備がだいぶガバガバすぎやしないかと心配になる。聖女に関するゴタゴタで余裕がないのかも知れないけど、一応は王太子なんだから身を守るべきだろうに。
まあ、ある程度はボクも一人前として認められつつあるということかも知れないから文句は言えないけど。
「それにしても――聖女、か」
聖女のヒジリの顔が思い出され、思わず頬が緩む。
ヒジリは今、どうしているだろう。夏祭りを楽しんでいるだろうか? ひょっとして迷子なっているのではないか。
――できれば彼女の傍に行ってボクも楽しみたいな。
ふと、そう考え……ボクは慌てて首を振った。
ボクはなんてことを考えてるんだ。ヒジリはボクの婚約者でも何でもない、異世界からやって来て無理矢理『聖女』という役目を押し付けてしまったただの女の子だっていうのに。
でもそこまでわかっていながら、ボクはヒジリのことを思うと胸が痛むのを感じていた。
なんなのだろう、この感情は。理解しようと思えばできるが理解したくはなかった。
だってこの想いは、叶うはずがないのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜空に星々が輝いている。
最初は白だけだったのが、徐々に色がつき始め、華やかになっていく。ボクはすぐにあれがただの星ではないと気づいた。
「あれが聖魔法……美しいな」
夜の海岸に腰を下ろすボクは、天高くを見上げてそう呟いた。
聖魔法が使える人間なんて、この街に、否、この世界に一人しかいないだろう。
サオトメ・ヒジリ。どうしてもボクの頭から離れてくれない彼女こそがあの星々を生み出しているに違いない。
「これはヒジリからボクへの応援なのかな? なんて、ね」
星が瞬き、空から消え、また生まれて輝く。
そんな様を見つめながらボクは彼女に語りかけた。
「――ねえヒジリ。ボクがキミを想うのは、いけないことだと思うかい」
もちろんヒジリからの答えはない。
返事の代わりに空が一気に暗くなった。数秒経ってももう星は煌めかない。もう催しが終わってしまったんだろう。
「そりゃそうか、否定されて当然だよね。でも、ボクは……」
それからどれくらい経った頃だろうか。
沈黙したボクの真上で、何かがまた光った気配がした。
何事かと顔を上げ――ボクは気づく。
空を走る一筋の光。先ほどとは違って弧を描いて滑り落ちていくようなそれは、『女神の愛』だった。
『女神の愛』とは、女神ヴォラティルの祝福の証。
この星に祈れば自分と、自分が一番大切に想っている人に女神のご加護が与えられる……そんな誰が言い出したかわからない話を、多くの者が信じている。
まあ、ボクは女神の存在自体怪しいと考えているから大して真面目に祈ったことはないけど。
でも今年くらいは祈っておこうかな、と思った。
厄災まで後一年もないんだ。本当に女神がいるのなら力を貸してもらわなきゃいけないだろうから。
――目を閉じ、祈りを捧げる。
そうしながらボクはボクの大切な人たちを思い浮かべた。
可愛い妹や弟よりも、長年を共にして来た彼女よりも、真っ先に脳裏に蘇るのはやはりヒジリの顔だった。
たった数日一緒に旅をしただけのはずのヒジリを『大切な人』と思ってしまうだなんて、ボクはどうかしている。
ああ、ごめんよ、とボクは心の中で謝る。もうこの気持ちを見て見ぬふりをしておくことはどうやら無理らしい。
『女神の愛』は海の彼方に呑み込まれ、目を開けた時にはもう見えなくなっていた。
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