73:私の願いは
もう花火を作り出す力も尽き、床にへたり込んでしまった私。
ですがよほど皆さん気に入ったのかして花火が消えてしまうと私に激しく催促して来ます。でもこれ以上やったらさすがにやばいのが直感でわかるので、私はやんわりと断りました。
「残念。もっと見たかったのになー」
「でもハナビ、すっごくカッコ良かったね」
ちょっと不満げながらも諦めて次の遊びを求めて離れていく子供たちとは対照的に、花火に魅入られたらしい大人たちは作り方をいちいち詳しく聞いてくるので大変でした。
私は聖魔法を持っているからできただけで、本物の花火職人でも何でもないので一般の人に作り方を教えてあげることはできないのです。
そこまで説明すると、私は再び崇められてしまいました。この世界の人たちは私のことを過大評価しすぎではないかと思います。ただ魔法というわけのわからない力を使っただけですし……。
「でもまあ、嫌な気はしませんけどね」
ちなみにこれから数年後、死ぬ気で努力した結果、この日見たハナビを再現させた人物がいたとかいなかったとか。
それは私の知る由もない話ですが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
花火が終わってしまうと一気に疲れが押し寄せて来ました。
まだ街中お祭り騒ぎですが、思ったより体力を使ったのでこれ以上遊べそうにないのです。しかし帰ろうにも立ち上がる元気さえありませんでした。
――でも、このまま地べたに座って夏祭りの様子を眺めているのも悪くないですね。
一風変わった異国の夏祭り。
ここに弟や友人たちを連れて来たらどんな反応をしたでしょう。一緒に見たかったな……と思わず考えてしまいます。
「せめて写真だけでも送ってあげたいですけど、スマホもカメラもないんじゃ無理ですし」
よく考えてみればそれはつまり、ここにいた証拠が何も残せないということですよね。
もしも現実世界に帰れたとしても私が異世界で過ごしたことは作り話だと思われてしまうのでしょうか。……それはなんだか少し寂しいような気がしますが、仕方のないことなのでしょうね。
……まあ、いつに帰れるかなんて、全く見当もつきませんが。
これから王立学園とやらに通わされ、それから厄災とやらに立ち向かわなければならない。
それが終わったとしても、帰路を探すための旅などをしなければならない可能性すらあります。どうしてこう、伊勢秋というのは片道切符ばかりなのか。不満です。
などと取り止めのない思考をしている時でした。
「――?」
空が光ったような気がしたのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一瞬本物の花火が打ち上げられたのかと思いましたが、空には光が見えません。
見間違いか……と少しがっかりしていると、周りの人々が一斉にザワザワと騒がしくなり始めました。しかも空を指差して何事か囁き合っているのです。
どうやら先ほどの光はただの勘違いではなかったらしいと気がついたものの何が何やらわからず、首を傾げます。
「何……? 私、何もしてませんが。もしかして宇宙から恐ろしい怪物が降りて来たとか?」
まさかそんなことはないと思いたいですけど、ここは異世界なので何が起こるかわかりません。急にSF的要素が混じって来てもおかしくはないのです。
そのため厳重警戒したのですが……数秒後、それが杞憂であったと明らかになりました。
どこからともなく光の筋がスゥーっと現れ、落ちていったからです。
私は息を呑んで固まってしまいました。
「『女神の愛』だ」
「やっぱり」「めでたいっ」
「聖女様を祝福してるんだ」「『女神の愛』が見られるなんて!」
――『女神の愛』。
この街の人、いいえ、この世界の人がそう呼んでいるらしいもの――それは、紛れもなく流れ星でした。
しかも大きさが尋常じゃありません。うっかりこちらへ落ちて来るんじゃないかと心配してしまうほど大きな流星群が降っています。
先ほどの私の花火もどきなんかと比べて、自然の天体ショーである流星群は夢かと思うほどの美しさです。こう次々と絶景ばかり見せられては目が壊れそうだな、とぼんやり思いました。
「そうだ、こんなこと考えている場合じゃない、何かお願いしないと」
こちらではどういう風習があるのかは知りませんが、皆さん何やら跪いてお願い事をしているようです。
ならば私も、と両手を合わせ、流れ星に祈ることにしました。
――絶対に五体満足で元の世界に帰れますように。
――できるだけ命の危険に晒されませんように。
――これ以上怖いことが起こりませんように。
欲張って同時に三つのお願いをしてしまいました。異世界に来てから危機だらけの私にとってはどれも大事な願いだったのです。
絶え間なく空を滑り落ちていく流れ星は、私の願いを聞き届けてくれたでしょうか。あまり期待はしていませんがそうであればいいなと心から思います。
やがて流れ星が消え、街は感動に涙を流す人々で溢れ、さらに祭りが加熱することになりました。
こうして夏祭りの夜は更けていくのでした――。
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