71:夏祭りといえば
この夏祭りの様子を一言で表現するならば熱狂、これ以上に相応しい言葉はないでしょう。
朝は二、三万人の人が公園に集まっていて仰天したものですが、このお祭りはそれと比べ物にならない人数でした。オセアンの街はそこまで人口の多い都市ではないと聞いていましたが……ここには少なめに見積もっても五万人ほどはいるように思えます。住民全員が夏祭りに参加しているのではないでしょうか?
やはりそれもこれも聖女の存在があるおかげに違いありません。
彼らにとっては今まで散々苦しめられて来た元凶を取っ払ってくれた聖女がこの街にいて、一緒に祭りへ参加しているのですから盛り上がることは間違いなしです。例年の数倍は人出があると皆が言っているのを聞きました。
「そして当然のように私は引っ張りだこ……」
子供たちに連れられてあちらこちらのテントを回らされ、祭りの前に辞退したにも関わらずいつの間にか踊りに混ぜられていたり、男性陣から酒を勧められて断るのに一苦労したり。
聖女もなかなか楽じゃありません。
でもそんな忙しい夏祭りも、参加してみれば意外に楽しいものでした。
日本の夏祭りとは随分違いますが、こちらも充分に盛り上がれますね。
でもそんな楽しいお祭り騒ぎの中、一つだけ私には不満……というほどでもないのですが、疑問がありました。
「どうしたの、聖女様」
「もっと盛り上がろうよ」
「あっちに美味い肉があるぜ」
「楽器やってみる?」
私にしきりにくっついて来る子供たち。私は彼らに尋ねました。
「あの。このお祭りには花火とか、ないんですか?」
「ハナビって何?」
「美味しいおやつ?」「楽器じゃない?」
ダメです。どうやらこの世界には花火そのものがないようでした。
異世界において名称が違うのかとも考えましたが、そういえば花火師さんを見かけていないのでそれも違うでしょう。せっかく楽しくても花火のない夏祭りだなんて、シロップのないかき氷と同義です。
「おやつでも楽器でもありません。花火というのは火薬と金属の粉末を混ぜて作ったもので……まあ、夜空を彩る火花ですよ。打ち上がった時に音は鳴りますけどね」
私は元の世界にいた時、家族と一緒に毎年のように地元の花火大会を見るのが好きでした。なんだかそれがもう遠い昔のように思えてしまうのですから、異郷での暮らしというのは恐ろしいものです。
またあの花火を見たいなぁ……などとぼんやり考えながら、しかしそういう文化がなく、花火師さんがいないなら仕方ないと諦めかけた時、子供たちがこんなことを言い出しました。
「それって、お星様みたいな?」
「聖女様ならお星様、作れるんじゃなーい?」
「作ってよハナビ」「ぼくも見たい」「あたしも」
私が……花火を?
というより星と花火は色々と違うのですけど。それに星の作り方なんて私、知りませんし……。
そう言って私はすぐに反論しようとし――その直前、ふと良案が降って来たのです。
「難しいですが、もしかしたらできるかも知れません。きちんとした花火ではなくとも、聖女の奇跡ショーくらいなら」
一度、ニニが光魔法で空に閃光を走らせたことがありました。
あの要領で私も夜空に星のような輝きを描くことができるのではないでしょうか?
また何かやらかしそうな気もしますがその時はその時です。とりあえずやってみましょう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最近毎日のように使っているので魔法の扱い方にもかなり慣れて来ました。
発動を念じ、魔力を練る。最初はちんぷんかんぷんだったこの意味も今ではわかります。
開けた大通り、テントの立ち並ぶ道の中央に私は立ちます。
そして思い切り周囲の視線を集めながら、私は花火ショーを始めることになったのでした。
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