63:自称教祖様
「ふむ。大通りならあちらですが……、サオトメ・ヒジリ様とな?」
名乗った途端老人から真剣な目を向けられ、私は首を傾げました。
「はい、そうですけど」
私にとっては大通りに出られるということの方が大事なのですが。
もしかして早乙女の方を名前だと勘違いされ、変に思われたのでしょうか。この世界の文化ではファーストネームの方が先のようですから、違和感を持たれても当然だと思います。
しかし、私の想像に反し、老人の引っかかりはそこではなかったようで――。
「申し遅れましたが儂の名前はミハエロですじゃ。もしやお嬢さん、先日降臨されたと噂の聖女様ではありますまいか」
苔色の目をギラギラさせて言われたのは、私が聖女であるかどうかでした。
この時、私は一つの失敗に思い至ります。つい何も考えずに名乗ってしまいましたが、今の私は聖女。知る人ぞ知る有名人なのです。
それを知っている人間は変に思いますよね。どうして聖女がこんな場所にいるのか、と。
ですが今更遅く、私は老人――ミハエロさんの圧に押され、頷くしかありませんでした。
「た、確かに私が聖女らしいです。でもそれとミハエロさんに何の関係があるんです? 私、今急いでるんですが」
「ほぅ、お嬢さんが聖女様か……! やはりこれは神のお導きに違いありませんな。ずっと儂は聖女様にお会いしたく思っておったのです。いくらお頼み申し上げても国王陛下が認めてくださらぬ故。
おっと、申し遅れておりましたな。この爺、ヴォラティル教の教祖をやっておりますじゃ。女神様の遣わせて下さった聖女様をこうして拝むことができるとは」
またもや私の言葉を無視して、ミハエロさんがペコペコと頭を下げて来ました。
えっと……色々と頭が追いつかないんですが、この怪しげなおじいさんがどこかの宗教の教祖様ということでしょうか? 確かに異世界には教会がつきものですけど……あまりそういう話を聞いたことがなかったのでこの世界にはないものなのだろうと思っていました。
でもそういえば聖女といえば何かと教会が絡んで来るイメージがありますよね。この世界にもし宗教が存在するならば、聖女である私が接触していないのは少しおかしい気がします。それにミハエロさんが先ほど国王様がどうたらと言っていた気がするのですが?
「戸惑っておられるのも当然かと思いますが、どうか儂どもの教会へご同行くださいませんか。ああ、ありがたやありがたや……」
「あ、あの。私、今ネズミ退治の最中なんですよ。ほら、袋にいっぱいドブネズミが入っているでしょう」
「さあさあ、こちらです」
ミハエロさんはそう言って、ものすごい勢いで私の腕を掴んで、ぐいぐいと引っ張って来ました。
しかも、大通りに出られると言っていた方向と反対の方に、です。私はもう訳がわかりませんでした。
「ちょっと待ってくださいっ。そっち逆ですよね! 私、大通りに行きたいんですけど!」
必死で逃れようと腕を捩りますがまるで離してくれません。
ヨボヨボの老人から腕力から逃げられないなんて……。私はそのまま引っ張られて行ってしまいます。
――これってもしかして、親切を装った誘拐なんじゃ!?
しかし今さら気づいても遅いというもの。
ミハエロさんはあくまでもニコニコしながら「そう怖がらんでも大丈夫ですよ」などと優しい笑顔で言いますが、その目はやはりギラギラしていてどこか恐ろしい光が宿っているように見えました。
大声を上げようかと迷いましたが、ここは人っ子一人いない路地なのです。誰かが助けに来てくれるわけがないのはすでにわかり切ったこと。
私はなすすべなく、ミハエロさんの『教会』とやらに連れて行かれるがままになるしかなかったのでした。
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