62:怪しい人に声をかけられました
あてもなく――というわけではないのですが、とにかく自分が一体どこを歩いているのかよくわからないまま、ぐるぐるぐるぐると歩き続けました。
おそらくそんなに距離は進んでいなかったと思います。何度も同じ角を曲がり、同じ路地を辿っては「ここも違う、あそこも違う」と言ってうんうん唸っていただけなのですから。
このオセアンの街の地理を私は全く知りません。どれくらい広い街なのか、どうすればこの迷宮のような路地から脱出できるのか……。あらかじめきちんと御者さんにでも教えて貰えば良かった、と思いましたが、まさに後の祭りというやつでした。
「これから一体どうしましょう……?」
すでに夕暮れ時が近づいています。このまま夜になったら、デパートの時と同じかさらに悪い事態になりかねません。前と違って都合よくエムリオ様が助けに来てくれるなんてことはあり得ないのですから。
疲れ切って歩くのをやめ、何かいい手はないかと考えながら地面にどっかりと座り込んだ――ちょうどその時でした。
「……おや、もしや何かお困りでいらっしゃいますかな、お嬢さん?」
あまりにも突然すぎるしわがれ声に、悲鳴を上げなかった自分を褒めたいくらいです。
そしてハッと顔を上げると目の前には純白のローブを揺らす白髪の老人の姿がありました――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いや、正直いつかは現れるとは思っていましたよ、怪しい人。
ここが私の想像通りでエムリオ様の言っていた治安の悪い地帯なら、間違いなく何かあるはずなのはわかっていました。ですからその前にここから脱出しようと思っていたんです。見つかってしまった時点でもう手遅れですが……。
強盗でしょうか? 痴漢魔でしょうか、それとも人攫い?
嫌な考えが頭の中を駆け巡ります。ですが今思い浮かべた人物像と目の前の老人を見比べて、私はなんだか違和感を覚えました。
白髪に苔色の瞳、胸まで伸びた白い顎髭と純白のローブが特徴的な、明らかに七十五歳は超えていそうな老人。腰は曲がり、ステッキをついているその姿は少なくとも強盗には見えないのです。
と言っても、見るからに不審な人物であることには変わりありませんが……。
「あ、あなたは」
「お嬢さん。あなたからは何だか不思議な力を感じます。この出会いはもしかすると神のお導きなのかも知れませんな。この爺、自分で言うのはなんですが少し勘が鋭い方でしてな」
聞いてもいない答えが返って来ました。……というか、私の質問ガン無視ですね。
でも震える声で多くを問うことは叶わず、私は今すぐ逃げるべきかどうか躊躇いながら視線を彷徨わせました。
その間にも老人は構わず話し続けます。
「怯えんでもよろしい。別にこの老いぼれは何もお嬢さんに危害を加えませんとも。こう見えても神の使いなのですじゃ」
――いや、普通怯えますよね、こんな人っ子一人居ない場所で知らない人に話しかけられたら。それに先ほど、神の使いとかいういかにも怪しい単語が聞こえた気がしたんですけど気のせいですよね?
色々尋ねたいことが山のようにありましたが、今は逃げるか留まるかが問題です。今私が対峙しているのは腰の曲がった老人ですから、逃げようと思えば簡単に逃げられるはずなのです。でも、なんというか圧がすごいというか……その視線が私を捉えて離さないのです。
それに、この路地から離れる手段を持たない私は、逃げ出したとして再び路頭に迷うだけでしょう。それらのことを併せて考えれば正体不明の老人との対話は必須と言えました。
私は覚悟を決めて言ったのです。
「初めまして、私は早乙女聖です。道に迷ってしまって困っています。オセアンの街の大通りに連れて行ってくださいませんか?」
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