56:エムリオ様はお忙しいようです
学園のあるヌーダス湖から馬車で一日、海辺の街オセアンに到着しました。
カラフルな家々が立ち並び、道を行き交う人々もなんだか活気があります。エムリオ様から聞いたところによると、ここはスピダパム王国最大の港のある場所なんだそうです。
「どんな場所か心配でしたけど、楽しそうな街で安心しました」
「まあね。でも中央の方はこうして賑やかだけど、裏に入るとすぐ治安が悪くなるから気をつけた方がいいよ。ボクはいつでもキミのことを助けられるわけじゃないから」
「わかりました。また誘拐されてしまったら今度は助かるかわかりませんし」
聖女という立場上なのか何なのかは知りませんけど、私は攫われ体質なようなので、わざわざ危ない場所に踏み込まないに越したことはありませんよね。
この時はそんな風に思っていました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからまもなく、今晩宿泊予定の宿の前に着きました。
異世界の宿は色々なタイプがあって面白いです。洋館のようなところもあれば普通の家と大差ない場所もあり、かと思えば石造りのやたら頑丈な宿を見かけたりもしたものです。
そして今晩の宿は、鮮やかな青の屋根に黄色の外壁の、こじんまりとした小屋でした。
「この宿もそうですけど、オセアンの建物って奇抜な色が多いですよね」
「そうだね。それは多分、オセアンと交流の多い海向こうの国であるリペット帝国の影響だよ。リペット帝国は独特の感性を持った人が多いから。衣装もボクたちにとっては珍しいものばかりだと聞いたことがあるな」
「へぇ、そうなんですか。とっても興味深いです」
私たちが現在いるスピダパム王国以外にも国家があったようです。リペット帝国……。いつかは私も行くことがあるかも知れませんね。
ともかく、
「今日もなんだか疲れましたね。馬車を降りて早く宿に入りましょう」
「――それなんだけどさ、ヒジリ」
「……? なんですか?」
もしかしてまだ何か話があるのでしょうか。
一刻も早く宿のベッドにダイブしたい気持ちでいっぱいなのですが。などと思っていたら――。
「実はボク、今夜は別の宿に泊まることになっていてね。この街に来たらやらなくちゃいけない仕事が残っていて忙しいんだ。だから残念ながらキミとはここで一旦お別れになる。ごめんね、急に」
衝撃のお別れ宣言をされて、私は思わず「へ?」と情けない声を上げてしまいました。
…………よく考えてみれば、てっきり後十日近く同じ宿で過ごすものだと思っていた私の方がおかしいのですけど、まさかエムリオ様の方から別れを言い出すとは思ってもみなかったのです。
別れと言っても所詮学園に行けば再会するのでしょうけれども。
別にエムリオ様とずっと一緒にいたいなんて思っていたわけじゃありませんよ、断じて。
でもどうやら離れたくながっていると誤解されてしまったようで、「また会いに来るよ。待っててね」だなんてまるで恋人のようなセリフを吐きながら、エムリオ様は行ってしまいました。
その後ろ姿を呆然と見つめる私は、思わずポツリと呟きます。
「一体何なんですか、あの人……」
「アツアツだべなぁ、お嬢ちゃん。もしかすると王太子殿下の側妃にしてもらえるかも知れねえぞ。すごいことだべ」
「御者さんまで誤解しないでくださいます? 私、そんな気はありませんからっ」
「どうだかね。ささ、とっとと宿入るべ」
私がエムリオ様と恋人だなんて、考えるだけでも恥ずかしくてどうにかなってしまいそうです。
なんとかこの疑いを晴らす方法はないものかと考えながら、私は御者さんの後を追って宿の中に入ったのでした。
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