47:エムリオ様とのお夕食
「おかえりなさいませ」
宿に入るなり、エプロンドレスを着た女性が私たちを歓迎してくれました。
私が増えているのに違和感なく入れてくれたのは、おそらく彼女から見ればエムリオ様が私をナンパして来たように思われたからですよね……。なんだかすごく恥ずかしいですが、なるべく表情に出さないよう努めます。
「彼女のために一部屋取ってほしいんだけど」
私の隣のエムリオ様がそうおっしゃったので、女性は少し驚いた様子でした。まさか私と彼が別の部屋に泊まるとは思っていなかったようです。
「あ、あの……。先ほど新しいお客様が入り、部屋が満室となっているのですが」
「そうなのかい? ――困ったな」
私も非常に困りました。つまり、エムリオ様と……恋人でも何でもない男の人と一緒の部屋で寝なければならないということですよね?
嫌です絶対。エムリオ様に限ってそんなことはないと思いたいですが、悪い未来が次々と浮かぶようでした。
「しかし部屋がない以上は仕方ないな。……ヒジリ、すまない」
「は、はい……って、エムリオ様、私の名前をサラッと呼ばれました!?」
「嫌だったかい? 不躾なのはわかるが、レーナの友人というから」
「そういう意味ならいいですけど……」
名前を呼び捨てにされるとまるで恋人みたいじゃないですか、とはさすがに言えませんでした。
ああ……もう胸の鼓動が限界に近いのですがどうしたらいいでしょう。
「ベッド問題はボクがなんとかしよう。その前にとりあえず夕食だね。この宿では食堂で食事が出されるんだ。ヒジリ、一緒に食堂へ行こう」
「あ。はい」
私、お金持っていないのですけど、エムリオ様のお金でお夕食を食べるということになりますよね? これ、本気で恋人同士みたいな気がしたきたんですが。気まずい。
でもかなり空腹でしたから拒否する気にはなれませんでした。そうして私はありがたく夕食をご馳走していただくことになったのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食堂にはすでに他の宿泊客がいて、それぞれに食べていました。
メニューは数種類あり選べるようです。
「ヒジリ、キミはどれがいい?」
「うーん。そうですね……」
メニューを見てみると、青いスープ、赤い野菜サラダなど、元の世界ではあまり見ないものばかり。
その中でもまだ見た目が美味しそうだったトーストらしきものを選び、注文しました。
「この世界での一般的な料理って王城で出されていたものとだいぶん違うのですね」
「そうだね。まあ、宮廷料理に劣らないくらい美味しいとボクは思うけど」
「そうなんですか。意外です」
そんな他愛もない会話をしつつ、私はチラチラと横のエムリオ様を見つめます。
エムリオ様の仮面姿はかなり目立ちますが、その割にはあまり視線を集めていないようです。どうしてこんな不審者然としていて平気なのだろうと先ほどから不思議に思っていたのです。
「何か気になるのかい?」
「あ、ええと。エムリオ様って奇抜な格好をなさっているのに皆さん気にしていらっしゃらないなと思って」
「ああ。それはこの仮面に認識阻害の効果があるからだよ。実は国宝級の代物だから」
「えっ。そんなすごいものなんですか。でもならどうして私にはエムリオ様の気配がわかるんです?」
「それがキミが聖女だからかな。あの誘拐犯たちにボクが見えたのも、キミの聖魔法の効能が残っていたからだと思う」
そんな裏事情があったのですね。聖魔法、改めてすごい。
それにしても認識阻害とは、また聞いたことのないワードが飛び出したものですね。字面そのまま、エムリオ様という存在の認識を薄めるものなんだそうです。私以外にはエムリオ様がいても『普通の人』にしか見えないんだとか。
と、話しているうちに注文した料理が届きました。
トーストの私に対し、エムリオ様は青いスープを注文したようです。真っ青な空のような色のスープ、美味しいんでしょうか? 少なくとも私は食べる気にはなれませんが。
「じゃあ、食べようか」
「いただきます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……食事は意外にも美味しかったです。確かにエムリオ様の言っていた通り、宮廷料理にも劣らぬ味でした。小さな宿だと侮っていたのですが異世界は料理の味だけは進んでいるのですね。
お夕食の間、私とエムリオ様はずっとレーナ様についての話ばかりしていました。彼女はエムリオ様にとって可愛い妹のようで、どれだけ愛されているかが話しているだけで伝わって来ます。
エムリオ様が話してくれたおかげでレーナ様の幼い頃のエピソードのあれやこれをたくさん聞かせていただきました。淑女教育とやらに凹んで毎日エムリオ様に泣きついていたこと、城から出た時は毎度のように迷子になったことなどなど……。正直言って彼女らしいな、という話ばかりで思わず頬が緩んでしまいます。
「レーナ様は本当に可愛らしい方ですね。今朝別れたばかりですが、なんだかまた会いたくなりました」
「そうだよね。ボクはもう何ヶ月も会ってないから余計にだよ」
「そんなに長いことお城に帰っていないのですか。王子様って思っていたより大変なんですね……」
「ボクは騎士でもあるから色々とね。でも、聖女も同じくらいに大変な役目だと思うよ?」
「はい。もうニニの修行がきつくてきつくて……。よく倒れていたのが懐かしいです」
最初こそ警戒していたのですが、エムリオ様と話していると楽しく、思わず時間を忘れて喋りすぎてしまいました。
気づけば食堂にいたはずの他の宿泊客の姿はなく私とエムリオ様の二人きりになっています。慌てて我に返って夕食を食べ終えました。
「お話楽しかったです。ありがとうございます」
「うん、ボクもだ。護衛も連れて来ていないで最近ずっと一人で食べていたから寂しかったんだよね。こちらこそありがとう」
かくして無事に夕食タイムは幕を下ろしたわけですが、本番はこれから。
そう……いかにして異性と同室で過ごすという難関をクリアするか、という問題についてです。
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