46:お宿へ
――王子の呼び名が決まったところで一段落。私とエムリオ様は肩を並べて一緒に談話室を出ることになりました。
なんだか距離が近く、まるで恋人同士みたいだななんて思ってしまって頬が熱くなります。もちろん私と彼はそんな関係ではありません。白馬の王子様とお姫様が恋仲になるのは物語の中だけに決まっていますし、それに、私は姫君なんていう大層な人間じゃないですから。
それでもドキドキが治らないので困ったものです。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではありません。だって、
「これからどうしましょう……?」
エムリオ様に助けていただいたはいいものの、私は未だピンチを脱したわけではありません。
誘拐されて今どこにいるのかわからない状況が続いているのです。早くデパートまで帰らないと御者さんを心配させてしまうというのに。
でももうすっかり日は暮れてしまっていて、とっくに心配をかけてしまってるであろうことは明らかでしたが。
と、そんなことを考えていると。
「キミ、本当に聖女なんだよね? ならちょっと話がしたいんだ。ボクの借りている宿まで一緒に来てくれないかな?」
突然そんな言葉をかけられたので、思わず「へ?」と情けない声を漏らしてしまいました。
「や、宿……?」
「そうだよ。別に嫌なら嫌でいいんだけど、せっかく出会えたんだからさ。これも何かの縁だと思わないかい?」
「えっと、その」
なんと言いますか……再び仮面を付け直したのもあって、今のエムリオ様は女をナンパする怪しい男にしか見えません。それこそあの誘拐犯と同じくらいには。
でも彼の容貌を見れば王太子という言葉は間違いありませんでしたし、手も足も出ない現状、彼について行くのが一番かも知れません。それに彼はただ話がしたいだけで、そういうことをしたいのではないでしょう。男は狼とは言いますがさすがに身分的に考えて無理やり襲って来たりはしませんよね? ね?
それにあくまで私は助けていただいた身。嫌だというわけにもいきません。
そこまで考えて……ようやく私は頷くことを決めました。
「はい。こんなはしたない格好で申し訳ないですけど、お宿、行かせていただきます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お宿までは歩いてそうかからない距離でした。
改めて私、とても運が良かったのですね。たまたまエムリオ様がお出かけからお宿に戻る直前で、たまたま通りかかった馬車――私を乗せていたものを見かけた。そしてたまたま聖魔法の輝きを見つけ、何かあるのではないかと思ったそうです。たまたまが重なりすぎてすごいですが、その偶然がなければ今私はこうして生きているかも怪しいですから、運命に感謝しないといけませんね。
……まあ、その運命のせいでこんな異世界に連れて来られたのだと思うと、素直に感謝し難いのですが。
「着いたよ」
「ここがお宿。思っていたよりひっそりした場所なのですね」
エムリオ様が連れて来てくれたお宿は、想像していた高級ホテル的なものよりずっと質素で、庶民向けという感じの小さな洋館でした。
私からしてみればこれでも贅沢なくらいではありますが、王太子であるらしいエムリオ様がこんなところで泊まるのかと正直驚きです。
「ボクは表向き旅の剣士だからね。限られている資金を無駄遣いすることもできないし、あまり立派な宿には泊まれないんだよ」
「なるほど。そこまで考えてのこととは、さすが次の王様になる人は違いますね。……じゃあ、お邪魔します」
私はエムリオ様と一緒に宿へと足を踏み入れました。
異世界初めての宿。しかし、御者さんのことやら何やらが気になって、デパートの時のようにテンションが上がってはっちゃける、なんてことはできませんでしたけど。
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