43:現れた仮面の剣士
――私の脅し作戦は、失敗に終わりました。
聖女だと言えば誰でも信じてくれるだなんて、よくよく考えてみればそれこそ愚かな話でした。王城でいた皆さんは召喚されたと知っているからこそこんな小娘を聖女だなんて言ってくれていただけで、チンピラの方々がそんな話を信じてくれるはずないのに。
ああ、またやらかしました。今度こそ一巻の終わりです。もう打てる手がありませんから。
「で、偽聖女のお姐ちゃんは何がしたかったわけだ? あぁ? もしかしたら俺たちが、『聖女様スゲー!』ってなるとでも思ってたのかなぁ〜?」
声音こそ甘ったるいものの、男が完全に殺意に近い感情を込めて私を見ているであろうことがわかります。目隠しのせいで目は見えないのですが間違いありません。
私は思わずビクッとなりながら、先ほどまでの威勢は何処へやら、小さな声で答えました。
「本当、なんです。信じてくださいよ……」
「信じられるか。とにかくそのうるさい口を閉じろ!」
「わぷっ」
思い切り胸ぐらを掴まれ、その上口を手で塞がれます。
かと思えば地面に押し倒され、男の一人がのしかかって来ました。目隠しが剥がされ、男の醜い顔が視界いっぱいに広がります。
どうやらいよいよ終わりのようです。他四人の囃し立てる声とのしかかってくる男の獣のような興奮した呼吸の音を聞きながら私は、恐怖に震え、目から涙が溢れ出すのを感じていました。
――ああ、私のことなんて、誰も助けてはくれないのですね。
「そこまでだよ、悪人ども」
だから、たとえそんな声が聞こえたって、幻聴に決まっています。
仮に私にのしかかっていた男の首が落ちていたとしても、それは幻覚に過ぎないのですから――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひ、ひぃぃぃっ――」
「だ、誰だお前はッ!?」
「なんてことしやがる!」
「そこの女の仲間か!?」
男たちの悲鳴のような叫びが聞こえ、一気に周囲が先ほどまでと違う騒がしさに包まれました。
ニヤニヤして私を見下ろしていたはずの男の顔はありません。代わりにそこには銀色の剣のようなものが見えており、私の頬に赤いものが滴り落ちて来ます。
「ボクは別にそこの女の子の知り合いじゃないよ? 通りすがりの剣士とでも名乗っておこうかな? ……女の子をいじめるとはボクは同じ男として感心しない。いいや違ったか。キミたちは獣だったね」
そして私の頭上から降り注いで来たのは、男性――それもまだ幼い少年のような声でした。しかしその声音とは裏腹に、静かな怒りが込められているのがわかります。
私はもしかすると、頭がおかしくなったのかも知れません。こんな幻覚と幻聴、おかし過ぎますもの。
男の首が切り落とされて転がっていて、どこからともなくやって来た剣士に庇われている。そんなことが私の身の上に起こるわけがありません。
なのにそれは確かに目の前で繰り広げられている事実であるかのように進んで行ったのです。
「クソっ。だから誰だって言ってんだよ!」
「キミたちにボクが名乗る義理はないよ。ボクはそこまでお人好しじゃないからね?」
叫ぶ男に音もなく剣が向けられます。
剣を持っているのは、血のように赤黒い仮面をした黒マントの男性でした。彼は続けます。
「キミたちを誘拐犯として拘束する。逆らわない方が身のためだよ」
「なっ、何言ってやがる」
「そんなナイフを向けてどうするのかな? ボクの剣の腕に敵うとでも思っているんだったらやってみてもいいけど?」
「――ッ!」
男が激怒し、仮面の剣士に突っ込んで行きました。
しかし、
「できればボク、手を汚したくないんだけどなぁ」
そう言って肩をすくめる剣士によって、また視界が真っ赤なもので埋め尽くされ、男の断末魔が上がったのでした。
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