41:白馬の王子様はいない
状況は異世界へ来てから最悪と言えるでしょう。
何せ、今私は誘拐されてどこかへ連れて行かれる最中です。味方はいませんし、この先一体どうなるか予想もつきません。でもきっとされるがままになっていたら悪いことが待っているということだけは言えます。
手も足も縛られ、目隠しに猿轡。完全なる拘束状態なわけですから、逃げ出すにしても身動きが取れません。この状況で唯一取れる手段があるとすれば。
――魔法、しかありませんよね。
前に一度、レーナ様の時魔法で時間を止められた時、無詠唱で大きな魔法が使えたことがありました。あの時の要領でやれば拘束を解くことも可能かも知れません。
……仮に拘束が解けたところで果たして逃げられるかどうかはわかりませんが、聖魔法自体に浄化の力がある以上、このお腹真っ黒な人たちを退けることもできる可能性もありますし。
私は覚悟を決めました。女は度胸です。聖女とやらになってしまった以上、やる時はやらねばならないのです。こんなことで負けてしまっていては襲い来ると噂の災厄に勝てるわけないのですから。
負けるな聖。やるのです。私なら、やれるはず。
自分にそう言い聞かせながら、大きく――と言っても猿轡のせいでうまくできませんが――息を吸い、それから私は浄化と魔除けの聖魔法を、思い切り放ちました――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、れ……?」
目隠ししていても瞼を焼き焦がすほどの眩い光が収まった後、私は思わずそんな腑抜けた声を上げてしまっていました。
声が出るということは猿轡は吹き飛んだようです。……が。
「縄が、解けてない……?」
体を起こそうとしたその瞬間、文字通り手も足も出ないことに気づきました。
雁字搦めにされているこの状況を考えれば、拘束されているままだと考えるべきでしょう。目隠しだって取れていません。あれほど大きな魔法を行使したというのに、です。
先ほどの聖魔法は体感的に言うとニニからの試練を受けた時に使ったものとそう変わらない大きさのはずです。それなのに――。
「うわあっ!?」
「ぐぁっ」
「な、なんだ!?」
そう思っていた瞬間、男たちの絶叫が聞こえ、私の意識はまたしても途切れました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――この世界はどこまで私に優しくないのでしょう。
私は一応女の子です。それに仮にも聖女なのでしょう? そうであればもっと優しくしてくれたって、いいじゃありませんか。
なんでこんなに苦痛を味わなければならないのか。朦朧とする思考の中でこぼれた愚痴は、誰の耳に入ることもなく消えていきます。そもそも声にすらなっていないのですから当然ですけど。
ああ……神様、どうして私にそんなに恨みがあるのですか。私が何か悪いことをしましたか。見知らぬ世界に誘拐しただけじゃ飽き足らず、白馬の王子を寄越すことすらなく私をこんな形で貶めて楽しいのですか。
暴れれば暴れるほど手足を縛る縄がキツくなり、締め付けられていきます。抗うことも許されない地獄でした――。
「……い。おいっ。何してんだこらぁッ! 畜生、魔法を使いやがったな!」
男の怒声で、私は現実と夢の境目から引き摺り出されることになりました。
意識が朦朧としていたのはあれからどれくらいの間でしょう。一瞬のようにも長い間だったようにも感じられますが、私にはまるでわかりません。
なんとか状況を把握しようと思っていた途端にガン、と腕を殴りつけられます。痛い。生まれてこのかた殴られたことなどなかったやわな私は、それだけで泣き叫びたくなりました。
ドタバタと二つの足音が近づいて来ます。
「魔道具の猿轡は砕けているが縄は切れてねえ」
「ってことはこいつ光魔法の使い手か? おい女、答えろよ!」
「ひぃっ!」
恐ろしくて思わず悲鳴が漏れます。
私は賭けに失敗したのです。こんな状況では逃げることなどできません。かといってもう一度魔法を使う力もないですから、このままやられるしかないでしょう。
絶体絶命、でした。
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