36:王城の人たちとのしばしの別れ
「はあ!? 明日出発ですって!?」
「……はい。急なことなんですけど」
エメラルドの瞳をこれでもかと見開いて驚くレーナ様に、私は申し訳なく思いながらも答えました。
――この世界の文字が読めないという重大な事実に初めて気づき、書類を取り落としてしばらく呆然としていた時。
いつも通りノックもなしに扉が開かれ、赤毛の少女、レーナ様が大慌てで駆け込んで来たのです。そして入って来るなり言い放ったのが冒頭の言葉でした。
彼女は顔を真っ赤にしてかなり憤慨している様子です。そんな姿がとても可愛らしく思えてしまうのですから不思議なものです。
「どうして急に、わたくしへの断りもなしに出ていくなんてことを決めるの。そんなことわたくしが許さないわよ!」
「そんなこと言われましても……。当然、私だって嫌だと言ったんですよ? でも国王様にどうしてもと言われてしまって。王命に反して首を切られるのは御免ですし、学園に行くと色々都合がいいみたいですから」
「父様の……」
国王様の命令と聞かされては、さすがのレーナ様も反発できないのでしょう。
彼女は悔しげに桜色の唇を噛みました。
「なら、わたくしも……」
「言うと思いましたけどダメです。レーナ様は大人しくお城で待っていてください」
思っていた通り学園について来たがったレーナ様ですが、私はバッサリと彼女の言葉を切って捨てました。
つい昨日に「家へ帰るために協力してほしい」だなんて言っておきながら、自分から離れる私のことがレーナ様は許せないのでしょう。一緒に行けたらいいのに……と私ももちろん思いますが、しかし無理なものは無理なのです。
「きっとすぐに帰って来ます。約束しますから、ね」
「むぅ……。『裸の聖女』のくせに偉そうに」
「その膨れっ面もなかなか可愛いですよ?」
「な、何よそれ! わたくしを馬鹿にしているのね!? この〜!」
それからしばらく、赤面して怒鳴りまくる部屋の中で追いかけっこをして、私たちは別れの寂しさなんてすっかり忘れて走り回ったのでした。
…………ちなみに異世界との言語の違いで読解不能だった学園ルールブックは追いかけっこに紛れて部屋の隅に押しやられ、数日後にぐちゃぐちゃの状態でメイドさんに発見されることになるのですが、それはまた別の話。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……じゃあ、行って来ます」
荷物片手に別れを告げる私を見送ってくれるのは、たくさんの人たち。
「そなたの幸運を願っておる」
「あなたの力があればどんな苦難にも立ち向かえることでしょう。応援していますわ」
「聖女様ー! 行ってらっしゃーい! また今度ね!」
「聖女様素敵!」「行ってらっしゃいませ」
「聖女様! 必ずやまた会いましょうぞ! その時にはたっぷりの絶品料理を用意しておきますからな!!!」
国王様、王妃様、王子様やメイドさんたち、それに宮廷料理人さんまで。
それからもちろん、ニニにレーナ様もいました。
「聖女様、ご同行できず申し訳ございません。多忙でなければせめて学園までは付き添いをさせていただきたかったのでございますが……。学園で聖女様が楽しい日々を送れますよう、心よりお祈りしてございます」
「『裸の聖女』! せいぜいわたくしのいない場所でも無様な裸を晒し続けて笑い者になるのね。噂を耳にする日を楽しみにしているわ!」
相変わらずな彼女の様子に思わず頬が緩んでしまいます。
騒々しい見送りに手を振り、私は微笑みながら王城の門をくぐって外へ歩き出しました。
この世界に来てから初めての、外。
城の前庭は庭園と同じく美しい花々が咲き乱れており、さらにその先には……。
「――馬車!」
優雅な白馬が引く馬車が私を待ち構えていました。
その馬車は古い映画で見るような……乙女のロマンそのものでした。
私は思わず駆け出し、馬車の方へと勢いよく駆け出して行ったのです。
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