239:想定通り……のはずが ――エムリオ視点――
マディーと名乗る少女が魔女であるは最初から予想がついていた。
王都中で魔物が溢れかえっていたというのに、誰にも守られず無傷で、しかも平気な顔をしているなんておかしいにもほどがある。ヒジリはお人好しだから受け入れたようだけれど。
ボクもニニも、平常時なら当然反対していただろう。
でも今は状況が状況である。
魔女がボクたちに同行するということは、城ががら空きになる。そうすればレーナから危険を遠ざけられる。いくら城には騎士や護衛が大勢いるとはいえ、城が燃え上がっている現状、魔女が来たら好き放題されるかもしれない。それだけは避けたかった。
魔女の狙いは聖女と王族。レーナ一人と比べたら、ボクたちの方に気が向きやすいに違いない。
危険性は高いが、聖女たるヒジリがいれば大丈夫だろうという考えのもと、マディーを引き入れることにしたのだ。
『魔女』については、次の国王として最高水準の教育を受けているボクですらろくに知らない。おそらく、文献などは残されていないのだと思う。
『魔女のカケラ』と呼ばれるものがどこからやって来たのか。それを身に宿した者は、なぜ人外のような力を出せるのか。どうして『魔女』が今になって王都へ現れたのか。
予言の時期とはわずかにズレるが、これが聖女召喚の理由であった災厄なのか?
わからない。確かめようもない。
ただ、ボクたちがやるべきは最善を尽くすことだけ。
ヒジリに痛い思いを……きっと死を覚悟するほどの痛い思いをさせたのは申し訳ないが、ことは概ね想定通りに進んでいた。
念のため『烈火の魔女』に問うてみたら誤魔化されたので、王城には火をつけただけで襲撃はまだのように思う。つまり、レーナは無事かも知れない。
魔女はニニが引きつけ、ボクとヒジリは離脱。迫ってくる『烈火の魔女』の業火から逃げながら、見えてきた城門を突き破って中へ――。
足を踏み入れたまでは良かった。
ただ、入城直後、ボクは己の計画が足りなかったことを思い知らされることになる。
「あなたたち」
「――」
「本当に馬鹿だわ。馬鹿過ぎて可哀想。マディーを撒けば助かるとでも思っていたのなら、その勘違い、あたしが正してあげるわ」
凍えるような声が、まるで氷の刃であるかのようにボクとヒジリの耳を突き刺した。
と同時に、空から無数に冷たいものが降り出す。それは雨のようで雨ではなく、ヒジリの結界が嫌な音を立てる。
小さなヒビが走り、割れるのも時間の問題だろう。
――もしやこれは、氷属性の魔法だろうか。
氷属性とはこの世において珍しいとされる三属性の一つ。時魔法はレーナ、聖魔法はヒジリが使えるが、氷属性は初めて見た。
「何ですかこれ……!?」
「耐えてくれ! あれが直接当たったら死ぬ!」
「わかってます。でも、もうすぐ限界……っ」
だが驚く暇もない。驚いているうちに殺られる。
聞き覚えのある女の声と、殺意がたっぷりと込められた魔法。これは魔女の仕業だ。しかし『烈火の魔女』は光の騎士が足止めしているし、魔法の属性も違う。
『烈火の魔女』は火属性だった。一人の人間が複数の属性を持つことは、天地がひっくり返ってもあり得ない。
最初から、魔女は一人とは限らなかったのだ。
放送の声は同一人物のように感じられたが、よくよく思い出せば『烈火の魔女』と今の声は同時に喋っていた気がする。底抜けに明るいあの魔女とは思えない、冷え冷えとした声がところどころに聞こえていた。
声質がよく似ていたから、気づかなかったのだろう。
その考えは正しかった。
ヒジリがギリギリのところで攻撃を凌いだと見るや否や、ふわりと天から舞い降りてくる少女。
『烈火の魔女』と同じ顔立ち、同じドレス。けれども髪色だけが異なり、薄青のツインテールを風に靡かせる彼女が冷たくボクたちを睨む。
「マディーが仕留められなかった時点でわかってはいたけど、図太いのね、聖女って。面倒臭いわ」
「マディー……?じゃ、ないですね」
「あたしの名前は『氷冷の魔女』メディー。マディーはあたしの自慢の姉だわ。……ただ、手抜かりは多いけれどね」
「だから」と少女――『氷冷の魔女』メディーは言葉を続ける。
「マディーのやり残し、あなたたちの命を摘み取ることは、あたしがやってあげる。
逃げようとしたって無駄だわ。この王城には、あたしたちが扱える最凶の魔物を集めてあるから」
彼女が嘘を吐いているのではないと証明するかの如く、城の方から魔物の声が高く響き渡った。
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