233:公爵令嬢の無双と束の間の静寂と
一時間遅れの更新です。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
額に汗が滲み、呼吸が激しく乱れます。
五百匹ほどの群れで現れた雪兎を撃退してもまたすぐに魔物の群れがやってきて、そんなことが三度ほど繰り返された結果――私は限界を迎えつつありました。
ふらつく足。今にも力が抜けてしまいそうな体をどうにか前へ傾けているだけのような状態です。
なんでこんな思いをしなければならないのか、と思わずにはいられません。
もちろんニニやエムリオ様、セルだって頑張っているのはわかりますよ?
しかし魔物への対抗手段として一番便利なのはやはり聖魔法。自ずと私の負担は増えていき、ついに叫んでしまいました。
「もう、無理っ……!!」
しばらく休めば回復しそうなものですが、敵襲があまりにのべつ幕なし過ぎて、その暇がないのですから困ってしまいます。
セルははぁとため息を吐き……それから言いました。
「どうやらヒジリに頼ることができるのもここまでのようですわね。
しばらく後ろに下がっていなさいな。そろそろアタクシも本気を出すといたしますわ。出し惜しみはしていられませんもの!」
「何を……」
「魔物を全滅させますわ。喰らいなさい、これがアタクシの本気でしてよ!!」
――直後、制御をやめたセルの無双が始まりました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
視界を埋め尽くす土の雨、それに脳天をぶち抜かれた魔物たちの血飛沫と断末魔。
ろくに整備されていない地面から硬質な土を全て引き剥がし、宙に舞い上がっては雨のように降り注ぐのです。
聖魔法の結界に守られていない魔物たちに防ぐ手段はないようで、一瞬にして魔物の大半が死に絶えました。
セルは軽やかな足取りでぐんぐんと先へ進み、そこでもまた同じことをして魔物を全滅。
セルの快進撃は止まりそうもありません。
相手がどんなに恐ろしく強そうな魔物でも圧倒的な力の差でねじ伏せられていくその様は、まさに無双でした。
「ロッティ……」
「何をしていらっしゃいますのよ、エムリオ。ヒジリと違ってまだ動けるのなら少しはアタクシを手伝ってくださいませ」
「そうしたいのは山々だけどキミの性質上、共闘は無理だ。だからあとはボクたち騎士が……」
エムリオ様が心配していた通り、元々の魔力があまり多くないのでしょう。エムリオ様はセルに戦うのをやめるように言いますが。
「そういうことならエムリオたちもおとなしくしているとよろしいですわ。せっかくこの現場にいるのですもの、見せ場の一つや二つ、欲しくもなるでしょう?」
そんな風に勝気に笑い、ますます極大で強力な魔法を使い始めてしまいます。
土の雨のみならず、現れた魔物を次々に土の中に生きたままで埋葬していったり、ついには土人形の大軍を作り上げて魔物と戦わせるなんていうことまで。
土魔法は決して華やかなものではありません。貴族学園にて土魔法の使い手を見なかったわけではありませんが、どれも地味過ぎるものでした。
聖魔法や光魔法のような輝きも、炎や氷のような大技でもないわけですから当然と言えるかも知れません。
なのに、セルが使うだけで土魔法はとても強力な魔法へと成り替わっていきます。
私も、そしてエムリオ様やニニまでもが手を出せないほど高度で一方的な虐殺。
やがて――一匹たりとも魔物が姿を見せなくなり、あたりは静寂に包まれました。
「とうとう相手も品切れのようですわね! しかし少し無理をし過ぎましたかしら。本当は王城まで行きたかったのですけれど……。あとは任せましたわよ、エムリオ」
ごふっ。
そんな音と共にセルの口から溢れ出したのは、真っ赤な血でした。
意識を失い、地面に倒れ込むセルをエムリオ様が咄嗟に支え、抱き上げます。
「大丈夫、ですか?」
「ああ。常人なら間違いなく気絶するレベルの限界をも超えた、極度の魔力切れだ。ロッティはすごいよ。ボクが魔法を使えない不甲斐ない騎士であるばかりに無理をさせてしまったな」
「わたしも最強の女騎士などという肩書きを持っていながらお力になれず、申し訳ございません」
「いえ、悪いのは私です。私が弱音なんて吐いてしまったから」
全てを倒し、できる限りを救う。
そう言ったのは私自身なのに人任せになってしまったと思うと、情けなくて仕方ありません。
この静寂だってセルがもたらしてくれたもの。私は自分は聖女だなどと言っておきながら、ここまでのことができなかったのです。
「ヒジリのせいじゃない。だってヒジリはたくさん戦って、ヘロヘロになるまで頑張ってくれただろう?」
「……。じゃあ、せめて治癒させてください。少しは楽になるはずです」
手に微弱な聖魔法を発生させ、セルの体を癒します。
本当は全力で治したいところですがそれすら今はできません。セルのおかげで少し休めたとはいえ、私たちはまだ魔女との戦いを控えているのですから。
「王宮まであと……ざっと見積もって三キロくらいでしょうか。セルの分も頑張って絶対辿り着かないと……」
ぎゅっと唇を噛み締めました。
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