229:混乱の王都
途中でニニと合流しながら馬車の群れを通り過ぎた先、そこは私が目にしたこともないほどのおぞましい地獄でした。
泣き声が、悲鳴が、怒号が響いています。
血飛沫を浴びながら逃げ惑う少女。魔物に覆い被さられ、今にも食われそうになっている少年。
女性は我が子を背に庇い、老人はなすすべもなく倒れて動けなくなっていました。
その原因は、狼型の魔物。
それらはまるで氷柱のように長く伸びる牙を突き立てんと、人々を追い立てているのです。
パーティー会場を一歩出たらこんな光景に出くわすとは思わなかった私は、思わず立ち止まってしまいます。
だって当然です、恐怖を感じないわけがありません。魔物との戦闘経験はあれど、これほどの惨状なんて初めて見たのですから。
……まあ、人死の場面は見たことがなくもないですが、それはさておき。
「ボクと『光の騎士』で魔物を殺る。ヒジリは結界を張りながら、怪我人をできるだけ癒してくれ」
「アタクシはどうすれば!?」
「ロッティはヒジリの手伝いだ。ヒジリを任せた!」
「聖女様、よろしくお願いいたします!」
エムリオ様に、ニニに、そう頼まれてようやく我に返りました。
お荷物になるためについて来たんじゃない。この場において役目があるなら動くしかありません。
私はセルを伴って走り出し、魔物を浄化して消し飛ばしながら怪我人の元に辿り着くと、早速癒しの力を使います。
「聖女です。私たちが来たからには、もう大丈夫ですよ」
「せいじょ……さま」
「この付近に結界を張りました。もしもそれが剥がれても、屋内なら魔物も入ってきづらいはずです。ひとまず建物の中へ入ってください」
少女を、少年を、女性を、男性を、老人を、赤子を、私が救える全てを癒しまくりました。
手遅れな人も、もちろんいました。でも力の限りを尽くしたと胸を張って言えます。
「聖魔法はまさに奇跡ですわね。驚きましたわ、なかなかやるじゃありませんの」
「そんなこと言っていないでセルも怪我人の運搬してくださいよ!」
「やかましいですわね。わかっておりますわよ」
そんな私たちの一方、エムリオ様とニニは剣を振り、狼型の魔物の首を一気に三つずつほど斬り飛ばしているのが見えました。
二人の戦いは凄まじいもので、圧倒的強者感が溢れ出ているというかなんというか。二人でパーティー会場周囲の魔物を一掃してしまったようでした。
「とりあえず全部片付けてきた……けど、先に進めば、これ以上湧いて出てくるだろうね」
「こんなの、いちいち構っていたら時間がいくらあっても足りませんわ。レーナ殿下のために一刻も早く王城へ着かなければいけませんのに!」
この場にいる人たちは、できる限りを救えました。
でも、惨状がずっと続いているとしたら? 目の前の救助に必死だった私は唐突に現実を突きつけられた気がしました。
――だけどこの手で救えるかも知れない人たちを見殺しにするなんて、したくない。
「戦って戦って、癒し尽くしましょう。だってそのために私はここにいるんです」
「聖女様、本当にそれでよろしいのでございますか。聖女様はレーナ王女殿下と非常に親しげに……」
「レーナ様も絶対に助けます。無茶なことを言っているのは自分でもわかっています。でも、この惨状を見せつけられて、無視できるほど私は薄情者じゃなかったみたいなので」
「……ずいぶんとお変わりになられたのでございますね。わたしが稽古をつけさせていただいたあの時とは、別人のような目つきをしていらっしゃいますよ」
ふわりとニニに微笑まれ、現状に似つかわしくないのに嬉しくなってしまいます。
覚悟を新たにエムリオ様を見やれば、彼は「ヒジリが言うなら仕方ない」と肩をすくめ、言ってくれました。
「ボクも王族としての矜持がある。苦しむ国民を見捨てて身内が良ければそれで良しとするような愚王にはなりたくないからね」
「エムリオ様……!」
さらなる賛同者を得て、説き伏せるべくはあと一人。
わずかに歪んだ口元をさっと扇で隠したセルが私を睨みつけてきました。
「――――。はっきり申し上げて、アタクシは反対ですわよ。レーナ殿下のお命が第一ですもの。もしも間に合わなかったらあなたはどういう責任を取るおつもりですの、ヒジリ?」
「その時は、煮るなり焼くなり好きにしてくださって、構いません」
「わかりましたわ。それほどの心持ちであるなら、アタクシも付き合って差し上げましょう。けれどヒジリの頬を百回打って吊し上げたところでアタクシには何の徳もありませんわ。レーナ殿下は必ず助け出しますわよ」
「約束します」
我ながらなんとも無謀な約束を交わして、私たちは先に進み続けます。
逃げ惑う人々に手を差し伸べながら――。
面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。
ご意見ご感想、お待ちしております!




