225:一曲踊っていただけますか?
「夜風が気持ちいいですね」
「ああ。それに月も綺麗だ」
「……驚かせないでください。『月が綺麗ですね』っていうと、私の故郷では愛を告げるための言葉にもなるんですよ」
「面白いんだな、異世界の文化は」
夜のテラスで、貴公子と令嬢が二人きり。
何か起きてもおかしくない状況ですが、私たちは手すりの傍で横並びに立ち、ぽつりぽつりと言葉を交わし続けるだけ。
ロマンティックさの欠片もありはしません。
「アルデートさんはダンスパーティーが終わったらどうするんですか?」
「久々に領地を出たから、王都をぶらぶらと歩き回ろうと思っている。最近忙しくてなかなか自由な時間が取れなかったからな」
「……散歩かぁ。私も行きたいです」
冗談半分――そして、本気半分で言ってみました。
このまま帰らなければならないくらいなら、アルデートさんと一緒に行ってみたい。ほんの少しですがそう思ったのです。
でも、
「仮にもジュラー侯爵家の御令嬢である君を連れ出すわけにはいかないだろう」
すぐにお断りされてしまいます。
まあ、当然と言えば当然でしょう。彼は独りになりたい故にこのテラスに来ているくらいなのですから、わざわざ私と連もうだなんて思うはずもありません。
自分の愚かしさに苦笑し、誤魔化しました。
「ごめんなさい。ちょっと言ってみただけですよ」
「そうか」
それでこの話題は終わりで、すぐ別の話に変わる、そのはずでした。
しかし直後にアルデートさんの口から飛び出したのは、思ってもいなかった言葉で――。
「外に連れていくわけにはいかない。でも、パーティー会場なら問題ないだろう。
このまま何もせずに過ごすのもつまらないと思っていたし、ちょうどいいな」
そして彼はその手を私へと差し出しながら、格好をつけた調子で言ったのです。
「ヒジリ・ジュラー嬢。俺と一曲踊っていただけますか?」
――――えっ。
理解したと同時、凄まじい衝撃を受けて二の句が告げなくなってしまいます。
私は今、アルデートさんから誘われているのでしょうか?
いやいや、そんなまさか。だって私もアルデートさんもお互いに独り者。つい先ほどまでそんな雰囲気の欠片もなかったはずです。
でもさすがに単なる私の聞き間違いだったなんてわけもなく、戸惑うことしかできません。
「あ、あの……どういうことですか」
「君となら踊るのも悪くないなと思ってな。何せ、あとで言い寄られる心配がない。……それに君、初めてのダンスパーティーなんだろう」
「そう、ですけど」
口籠る私は、必死で思考を巡らせます。
このダンスのお誘いを受けるべきか、受けざるべきか。その答えを出さなければならないのです。しかも、今すぐ。
私が不用意なことを言ってしまったがためにアルデートさんはこのような提案をしたのでしょう。
アルデートさんが相手であれば、誰かに嫉妬されることも、打算まみれの求婚もされずに済むに違いありませんから、とてもとても好条件なのは確かです。
ただ、それに甘えてしまっていいのでしょうか?
わかりません。わかりませんが、私の視線はずっと彼に釘付けでした。
「喜んで、と言うべきですかね?」
「もちろん嫌なら嫌でいい」
ここで断れば、私は本当の本当にダンスパーティーに参加する意味がなくなってしまう。
それにアルデートさんと踊ってみたいという気持ちが抑えられず――私は迷いを捨て、手を取りました。
「嫌じゃありません。お誘い、お受けします」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アルデートさんの吐息が頬にかかり、くすぐったいやら恥ずかしいやらでどうにかなってしまいそう。
目が合うだけでドキッとしてしまうような麗しい顔はもちろんのこと、細いながらもほどほどに逞しい腕、硬い胸板、ぶっきらぼうなように見えて時たま感じるさりげない優しさ。なるほどこれは黄色い声を上げられるわけです。
私は彼にリードされながら、パーティー会場の中央でくるくると踊っていました。
あれほど居心地悪く感じていたはずなのに、いざダンスを始めてしまうとキラキラ輝いて見えるのですから不思議です。……きっと私が単純過ぎるからなのだとは思いますが。
「驚いた。上手いな、君」
「たっぷり練習しましたから。それでもセル……タレンティド公爵令嬢やナタリアさんには遠く及びませんよ」
「タレンティド公爵令嬢は王太子妃教育を受けているし、ジュラー嬢も相当教育なされているようだからな。だが俺は君も見劣りしないように思う」
紛れもない過大評価。ただのお世辞でしょう。
それでも嬉しくなり、ますますダンスに力が入りました。
「ジュラー侯爵令嬢ですわよ。聖女様の方の……」
「ご一緒なのはビューマン伯爵令息では!?」
「学園時代から噂でしたものねぇ、あのお二人は」
踊り疲れたのか会場の隅で連んでいる令嬢たちが、きゃあきゃあと何か騒いでいます。けれど私の耳にはまるで入ってきません。
ダンスってこれほどに楽しいものだったのかと、感動すら覚えていたのですから――。
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