220:まずはお食事を楽しんで
貴族たちとにこやかに言葉を交わすジュラー侯爵家の人たち。
ただ話しているだけのように見えますが、一人と話し終える度にその裏に隠された意図などを教えてもらい、驚くばかりです。
少し関係が悪い相手だと嫌味の応酬は当たり前、仲の良い間柄さえ相手を試すこともあるのだとか。
そんな風に喋っていて疲れるでしょうに、誰一人としてそれを顔に出したりはしません。ポーカーフェイスというやつでしょうか。
私もこのレベルの社交術を求められているわけですが、できる気がしないというのが正直なところでした。
当然そんな弱音を言ったところで無駄ですから、やるしかないわけですけれども。
「緊張していらっしゃるのかしら? 肩に力が入っていらっしゃいますわよ」
「まあ、かなり……」
頑張って笑顔を張り付けているもののどうしても体は正直で、見抜かれてしまったのでしょう。侯爵夫人の問いかけに私は控えめに頷きました。
すると侯爵夫人は「そういうことなら」と微笑んで。
「ではヒジリ様、お食事をいただくことにいたしましょう」
などと提案してくれたのです。
「お食事、ですか? でもそんなのどこにも」
「ほら、運ばれてきましたわよ」
私たちが入ってきた方とは真反対、今までその存在に気づかなかった裏口らしき扉が開いてぞろぞろとメイドさんたちがやって来ます。
その手には大量の料理。テーブルに並べられていくそれはとても美味しそうで、思わず涎が出るような匂いがパーティー会場に広がりました。
「お食事の時は自由行動となりますわ。お好きなだけお召し上がりになって」
侯爵夫人も、そしてナタリアさんや侯爵様もそれぞれの行きたいテーブルの方向へと散らばっていく様子。
急に取り残されても……と思いましたが、せっかく与えられた自由時間。いつまでも強張っていても仕方ないと、私も手近なテーブルの料理が美味しそうなので遠慮なく手に取ることにしました。
――ダンスパーティーの前の腹ごしらえ、ディナーの始まりです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お久しぶりですね、ヒジリ嬢」
肉の丸焼きから野菜スープまでありとあらゆるご馳走をいただいて、舌鼓を打っていた最中のこと。
突然声をかけられて振り返ると、そこには濃い緑色の髪を美しく結い上げた令嬢が一人佇んでいました。
トパーズ色の瞳をまっすぐ向けてくる彼女は――。
「ああ、ミランダさん!」
ミランダー・セデルー公爵令嬢で間違いありませんでした。
「学園はどうしたんですか?」
実はつい先ほどセデルー公爵家の方とジュラー侯爵様がお話ししていたのですが、そこにミランダさんの姿がないのでてっきり学園かと思っていました。
彼女は私より一つ歳下なので、現在三年生。まだ学園に在籍中のはず。
「今回は王家主催の大事な集まりですから、少しの間学園はお休みになっています。このダンスパーティーが終わってしばらくすればまた戻る予定です」
「ああ、なるほど」
彼女の領地に赴いて以降、お会いしていませんでした。
つい数ヶ月前のことですがずいぶん前のことのように感じるから不思議です。
「たった数ヶ月でずいぶんと麗しくなられましたね」
「あ、ありがとうございます。ミランダさんも素敵ですよ」
大人びた濃紺のドレス姿の彼女はとても落ち着いた印象です。
ナタリアさんともセルとも違いますが、こういうのも淑女の形の一つなんだろうなぁと思わされます。
「ふふっ。……では私もヒジリ嬢と同じお食事をいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです!」
積もる話もあるでしょう。食事を楽しみながら語らうのも悪くありません。
色々な思惑が飛び交っているパーティーの中、安心して話せる相手と再会できて私は心から安堵していました。
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