210:華々しい公爵令嬢と物静かな侯爵令嬢
「うちの馬車は大勢乗せられるよう、客車部分が二つ連なっておりますの。前部分が四人乗り、後部分が二人乗り。後部分の荷物は取り除きましたから、お好きなところに座ってくださいまし」
セルの乗ってきた馬車は見たことのない形で、彼女の言う通り前後部分に分かれています。
私とナタリアさんはセルと同じ前部分、ジュラー侯爵夫妻は後部分。それぞれ座席に着いた途端、馬車が走り出しました。
「ご厚意痛み入りますの。あのままでは王都に着く前にヒジリ様の体力が尽きてしまっていましたの」
「ヒジリは軟弱ですものね。悲鳴を上げて泣きじゃくる様が容易に想像できますわ」
「弱音を吐いていたのは事実ですけどさすがに泣いてはいませんからね!」
「あら、そうですの? 眉唾ものですわね。けれどアタクシは優しいので一応は信じてあげましてよ?」
「もうっ、揶揄わないでくださいよ」
お茶会などでよくこの三人で顔を合わせる時と同じ調子で言葉を交わしながら、馬車の中央に座る私は両隣の二人をチラリと横目に見ます。
お行儀よく腰を下ろし、静かに微笑むナタリアさん。
口元に紫色の扇を広げ、足を組みながら座り、少し意地悪そうにくすくすと笑うセル。
別に珍しい光景というわけではありませんが、こうしてパーティー用に着飾った姿を比べて見るとさらに両者の違いが浮き彫りになっています。
同じ貴族令嬢なのにこうして比べて見ると、まるで印象が違い過ぎます。
控えめながらも艶やかな光沢のある翠のドレスを纏ったナタリアさんは物静かでお淑やかに見えるのに対し、フリルが多くところどころに宝石が輝く豪奢なドレス姿のセルは華々しく鮮やか。どちらもそれぞれに魅力的で、自分がこうして並んでいることを恐れ多く思ってしまうほどです。
どちらの方がパーティーで人気が高いのでしょう。周囲の反応が気になるところでした。
しかもここにセデルー公爵令嬢ミランダさんまで加わると人気が割れそうです。
そんなことを考えているうちに話題は移ろい、いつの間にかダンスパーティーでナタリアさんがどんな異性に求婚されるのかという話になっていました。
ナタリアさんは現在は婚約者のいない独り身。社交場に出る度、誰か最低でも一人から求婚され玉砕するのが恒例となっているのだそう。
「いい加減婚約者を決められたらよろしいですのに。適齢期を過ぎてしまいますわよ?」
「未来の王太子妃様にご心配いただけるなんて光栄なことですの。しかし私は、少なくとも今は婚姻するつもりは毛頭ございませんので」
「もったいないですわね。探せばそれなりにいい男もいるかも知れませんのに。……そうそう、ところでヒジリはどうなさるおつもりなの? 異世界の平民出身とはいえ今はジュラー侯爵家令嬢になったのですもの、求婚されまくりになるでしょう」
急に話題を振られた私は、「えっ」と思わず声を上げてしまいました。
結婚。そんなものは私と縁遠いと考えていたからです。
「私が求婚なんてされるはず……」
「ヒジリ様はご自分への評価が少し低過ぎると思いますの。身内贔屓でも何でもなくヒジリ様は非常にお可愛らしくいらっしゃいますから、婚約者のいない殿方にはうってつけのお相手ですの」
「そ、そうなんですか? でも私……」
彼氏さえいたことがないのに、突然求婚だとか婚約だとか、受け入れられるような気がしません。
エムリオ様のことが尾を引いているのか、誰が婚約しているかしていないか知らない相手にホイホイついていくのは怖いと思うようになっていました。
「まあ、そう言うと思っておりましたわよ。ヒジリには故郷があるのだし、厄災の後にどうするか決めればよろしいわ。とりあえず今回のパーティーは令息たちの顔を覚えるために使いなさい」
「はい、わかりました。が、頑張ります」
厄災の後のこと。
もちろん家に帰るのが目的ですし、それを今も諦めてはいません。しかしもしもその方法が見つからなかったら、私はどうやって生きていくのでしょう。
それにそもそも厄災というものを五体満足で生き残ることはできるのでしょうか。
しかしすぐにまた別の話題に変わってしまい、それ以上結婚や将来については話し合われることはありませんでした。
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