209:ばったり会ったセルの馬車に乗せてもらいます
馬に相乗りして進むこと、半日。
どこの街にも寄らずただひたすら、王都を目指して走り続けていました。
別に馬を操っているわけではないのに乗馬は想像以上に難しく、今にも落っこちてしまいそうできゃあきゃあと悲鳴を上げてばかり。ナタリアさんに迷惑をかけているとわかっているのにやめられません。
「体の重心をもっと安定させるんですの」
「そんなこと言われても……!」
「困りましたの。残り一日半もありますのに、その前にヒジリ様が限界を迎えてしまいそうですの。最悪、私が抱えてでも向かわねば」
ナタリアさんにお姫様抱っこされる図を一瞬思い浮かべ、微妙な顔になります。
美少女に抱き上げられるくらいならイケメンに抱き上げられたいというのが乙女心ってものじゃないですか? まあもちろん、私にそのようなことをするイケメンなんていないわけですが。
ともかく、
「お姫様抱っこは最終手段。それまでにどうにか乗り慣れないと……」
でもどうやって?
乗馬は一日やそこらで慣れるものではなさそうな気がしてきました。かと言って馬車はどこかで簡単に買えるものでもなく、馬以外の移動手段も特になく、困ってしまいます。
平気な顔で相乗りしている侯爵夫妻が本当に羨ましい限りでした。
これはどうやら私一人がただただ耐えるしかないでしょうか。
この状態をあと一日半も続けていたら体がおかしくなってしまいそうですが仕方ない――と思いかけていた、その時のことです。
カラカラと、馬車の車輪の音が聞こえてきたのは。
「――!」
真っ先に気づいたのは私でした。振り返り、その馬車を目にして息を呑まずにはいられません。
だってそれを見たのが初めてではなかったのですから。
そしてその馬車の主も私たちを見つけたのでしょう、馬車の窓から首を突き出します。
豪華な縦ロールが風に揺られ、呆れたような笑顔が見えます。そして美しい声が張り上げられました。
「ヒジリ、それにジュラー侯爵家の方々。馬に乗って王都へ向かおうとは、ずいぶんと体力がおありですのね?」
「セル! 助けてくださいっ。あの、馬車が壊れてしまって……」
私がそう言う間にも、ナタリアさんは馬を止め、ジュラー侯爵夫妻はサッと馬から降りて貴族の礼をとっています。
皆さんが俊敏過ぎて驚いてしまいます。私は馬の背中から降りるのにもたつき、軽く転びそうになりながら、やっとのことで地面に足をつけました。
「アタクシはセルロッティ・タレンティドですわ。どうやらお困りのご様子。ちょうどアタクシも王都への道中ですの。ヒジリの友人として、優しいアタクシがあなたがたを乗せて差し上げてもよろしくてよ?」
私が着地するより早く、馬車から降りてきたセルがふふんと胸を張ります。
そんな彼女の衣装はいつもより一層豪華で宝石で飾り立てられた真紅のドレスで、眩いほどでした。
彼女を前にして私は見惚れてしまったのですが、ジュラー侯爵様はといえば静かに言葉を返していました。
「ご厚意染み入ります、タレンティド公爵令嬢。しかしそこまで手を焼いていただくわけにはまいりませんな。他家の方に無償で頼るなど」
貸しを作りたくはない――そういうこと、なのでしょう。
でも私としてはセルの提案は本当にありがたいものでした。せっかく到来したチャンスなのです、無理を言ってでも乗せてもらわないと。
私が何か声を上げようとした寸前、セルにそれを止められました。代わりに彼女はツンとすましたまさに悪役令嬢のような顔つきで言い出すのです。
「あら? アタクシがこの程度で何か言うような狭量な人間と思われているなら心外ですわね。アタクシは今一人ですわ。四の五の言わず、さっさとお乗りなさいな」
なんて押し付けがましい言い方。
ですがここまでされれば、断りづらいのもまた事実。侯爵様は意見を求めるように夫人とナタリアさんに目を向け、二人が頷くと「そういうことなら……」と渋々ながら同乗してくれることになったのでした。
ちなみに今まで乗ってきた馬も馬車と連結し、連れて行きます。
「アタクシの馬車はそうそう壊れることがありませんから安心なさいませ。というより馬車が大破するなんて盗賊にでも襲われましたの……?」
「ありがとうございます、セル。少し魔物に襲われただけですよ。今度は安全な旅ができるよう祈っておきますね」
まあ、残念ながら聖女とはいえ私の祈りなんて届きそうにもありませんが。
小さく苦笑しながら私は馬車に乗り込みました。
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