207:突然のバトルには勝利しましたが……
「ああもう、しつこい!」
ドラゴンもどき――仮にそう呼ぶ魔物との戦いは、かなり長引いていました。
ナタリアさんたちを背に庇い安全を確保しつつ、このわけのわからない魔物と一対一でやり合わねばならないのです。ジュラー侯爵家の方々は完全なる非戦闘員。私が戦うしかありませんでした。
聖魔法をドラゴンもどきの鱗部分に叩きつけるも、一瞬怯むくらいなもので大した効果はなく、すぐに弾かれるばかり。弱そうな蛇腹部分を狙いたいのですがなかなか隙ができないのは、当てようとする度に炎に阻まれるからです。
本当に一体何なのでしょうか、この魔物は。
馬車への唐突な襲撃です。たまたま空を飛んでいたドラゴンもどきに目をつけられた……ということなら理解できますが、あまりにも不自然に思えてしまいます。
まるで……。
「誰かに命じられて私たちを殺しに来たんじゃないかって考えてるんですけど、そこら辺どう思います!?」
炎対策の結界を張りつつ問いかけを投げれば、「その可能性もあると思いますの。……でも一体誰が」と思案げなナタリアさんの声がしました。
「それよりヒジリ様、また来ますの」
「了解です!」
ドラゴンもどきの口から吐き出され、あたり一面を覆うように広がった真っ白な炎が襲いかかってきます。
赤ではなく、白。つまり触れただけで焼け死ぬほどの灼熱なのでしょう。そんな灼熱を纏った風を私たちへ尾を振ることで送り、執拗に攻撃してきます。
その都度結界を張り直し、どうにか対応していますが、段々それに手一杯になって守備一方になるばかり。
このままでは攻勢に転じるなど到底無理な話です。
それならどうすればいいか――。答えはすでにわかっています。ただ、やりたくなかっただけで。
もしもドラゴンもどきに仲間がいたとしたら、この方法は悪手でしょう。
しかししばらく戦っても出てくる様子がありませんし、大丈夫と思うことにしました。
本当は脱ぐのに十分ほどかかるドレス。それが痛むのも構わずに乱雑に腕を引き抜き、バサリとドレスを脱ぎ捨てて、薄い下着だけのほぼ裸状態になります。
今は緊急事態。羞恥心も何もあったものではありませんし、正直恥ずかしい姿にはもう慣れました。
ここまでやったからには全力で行かなければ。そんな気持ちで、体内の魔力をかき集め、放ちます。
――久々の、ゴソッと力が抜けていく感覚。
地面に膝をつき、目眩を堪えながら顔を上げます。そこには目が焼き焦がされそうなほどに煌めく聖魔法の光にやられ、絶叫を上げるドラゴンもどきの姿がありました。
これでもう、大丈夫でしょう。
私は意識を手放しました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次に目を覚ましたのは、半壊した馬車の中でした。
寝ている間にナタリアさんが着せてくれたのか、乱雑に脱いだはずのドレスを纏った状態でいました。
「お目覚めになりましたのね。お疲れ様でしたの、ヒジリ様」
「ナタリア、さん。そっか私、ドラゴンもどきと戦って……」
それからナタリアさんたちから気絶した後の話を聞きました。
ドラゴンもどきを消し炭にし、私が勝利を収めたこと。そしてその後は何の襲撃もなかったと教えられてホッと胸を撫で下ろします。
ドラゴンもどきの襲撃理由など諸問題を残してはいますが、一応身の危険が去っただけでも良かったと言えるでしょう。
でも、もちろんこれで一件落着なはずはなく。
「問題は馬車ですよね……」
天井が突き破られ、車体と車輪が焼け焦げになったり一部が溶けてしまったりした馬車。
二頭の馬車馬はかろうじて生き残っていたものの、馬車を使うのはさすがに難しいでしょう。これではあと二日で王都に到着するなんてとてもできそうにありません。
他の移動手段といえば――。
「乗馬できたりします?」
「ええ、淑女の嗜みとして習っておりますから可能不可能で言えば可能ですの。ただその馬はあくまで馬車馬。乗用馬ではございませんし、馬との仲を深めておりませんので、うまく操れるかは未知数としか申し上げられませんの」
悩ましげにするナタリアさん。そこに口を挟んできたのはジュラー侯爵様でした。
「他に手立てがない。パーティーに遅れるわけにはいかないから馬で行くしかないだろう」
「仕方がありませんわ」と同調する侯爵夫人。
二人は片方の馬に、騎手を交代しながら相乗りするつもりのようです。つまり私とナタリアさんはもう一頭の馬に乗らなければなりません。
「ごめんなさい、私馬に乗れないので、ナタリアさんよろしくお願いします」
「わかりましたの。ですが今後のためにも、馬乗りはなれないといけませんの。侯爵邸に帰ったらみっちり教育して差し上げますので、楽しみにしていてほしいですの」
柔らかながらもほんの少し悪戯っぽい笑顔で言って、馬に跨るナタリアさん。
馬に乗せてもらうという貸しを作ってしまう以上は乗馬の訓練は避けられないなぁとげんなりしながら、私はナタリアさんの背後にちょこんと腰を下ろしたのでした。
面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。
ご意見ご感想、お待ちしております!