206:馬車での旅路は退屈なままでは終わらない①
日中はずっと馬車に揺られ、夜遅くに宿に入り、朝早くにまた出発する。
そんなことを続けて、はや五日目です。
「早く着かないですかね……」
「残り二日ほどですの。王都は賑やかですから、それまで静かな場所で心を休めておかないと身が持ちませんの」
王都から学園に行く時もかなり長かったですが、ジュラー侯爵領から王都までも遠くて大変です。
最初こそ侯爵夫人にパーティーでの振る舞い方などを教えられていましたが、五日目ともなれば会話は尽きてしまいます。
ゲームもなければ本もなく、暇つぶしも何もなし。ジュラー侯爵様はほとんどの時間を睡眠に費やし、侯爵夫人とナタリアさんは何やら考えごとをしながら窓の外を眺めてばかり。
たとえ私が何か会話を振っても、一言二言返されて終わり。あとはただひたすら沈黙が落ちて気まずくなるので、迂闊に口を開くこともできません。
しかもそれだけではなく、座りっぱなしだしドレスは重いし、コルセットはきついしで常時気が抜けないという状態。本当にこれをあと数日続けていたら疲れ果ててしまいそうだなと思いながら、私はじっと耐えるしかありませんでした。
でもナタリアさんの言う通りこの退屈な馬車旅はあとたったの二日。それまでの辛抱――その、はずだったのです。
ガタン、と大きく馬車が揺れ、先頭の馬が嘶きを上げることがなければ。
「……っ!?」
前触れがなさ過ぎる衝撃に目を剥き、身を固くする私。
ナタリアさんが小さく悲鳴を上げ、侯爵夫人は顔を上げ周囲に目を走らせます。ジュラー侯爵様も飛び起きたようです。
馬に何かあったのでしょう。途端に制御が効かなくなり、両側に大きく振れながら蛇行し始めました。
「何、なんなんですか急に!」
「どうやら襲われたようですの。賊か、あるいはジュラー侯爵家を良く思っていない貴族の手の者か。どちらにせよ、穏やかな旅路はここで終わり……」
ナタリアさんの言葉の途中、馬車の天井を突き破って何かが侵入してきます。
咄嗟に聖魔法でバリアしていなければ、私たちは燃え盛る炎に焼かれていたことでしょう。
現れたのは魔獣。
龍のような顔に蛇の如くスラリと長い胴体。出来損ないのドラゴンのような姿のそれは、口から火炎を吐いていたのです。
どうしてこんなところに魔獣がいるのか。何か目的があっての襲撃なのか――そんなことわかるわけもありません。
ただできるのは、恐怖に蹲りそうになるのを我慢し、涙目で聖魔法を放つのみでした。
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