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204/239

204:貴族の出発準備は大変です

 いよいよ出発当日。

 ゆっくり寝て体力をつけておこうと思い、遅めに起床する予定だった私はしかし、早々に叩き起こされてしまいました。


「ヒジリお嬢様。一体いつまでおやすみになっているのですか」


「う……?」


 ベッドの前で仁王立ちする人影が見えたので驚いて目を開ければ、そこに立っていたのはメイジーでした。

 彼女はいつも私をドアの向こうから呼んで起こそうとすることはあれど、こうして部屋の中まで入ってきたのは初めて。一体何事だろうと飛び起きました。


「朝からびっくりさせないでください! 乙女の寝顔を見るなんて非常識過ぎません?」


「そんなことをおっしゃっている場合ですか。今から出発のための準備をしなければならないのですよ」


「え、今からですか?」


 出発予定時刻は昼過ぎ。ドレスに着替えればそれでいいのでは?

 そう思っていたのですが、私が思うほど貴族のお出かけというものは簡単なものではないのだと思い知らされることになります。


 まず――。


「体拭きは入念に。少し匂いを強く感じるかも知れませんが耐えてくださいね」


 お風呂がない代わりに熱々の蒸しタオルで容赦なく体を拭かれた後、頭から香水を垂らし、入念に刷り込まれました。

 しかもその香水は香り高いと言うよりはっきり言って臭過ぎるもの。服や髪に馴染めばマシになるというのですが……。


「やり方が雑! そんなに頭から香水ぶっかけたら髪が痛みますって……!」


「これがこの国の貴族流です。慣れるしかありませんよ」


 そう言いながらもメイジーは手を進めていきます。

 少し伸びてセミロングくらいになった私の髪を梳かし、丁寧に編み込んでいたりと、いちいち芸が細かいです。


 それをなんと丸一時間も続けていました。

 信じられます?と言いたくなりますが、これでも髪の長い貴族令嬢よりは大分マシなのだとか。ナタリアさんはかなりの長髪なのでどれだけ時間がかかるのか、想像するだけでも気が遠くなりそうです。


「次は肝心のドレスでございます。ナタリアお嬢様から複数の衣装を事前にご用意いただいておりますので、その中からご選択を」


 提示されたのは五着。

 ピンクの花柄プリンセスラインのもの、まさに中世ヨーロッパ!というイメージの何段にも層が重なりひらひらで金糸が刺繍されたドレス、薄青のマーメードラインのドレス、まるでウェディングドレスのような純白のもの、そしてツーピースタイプのものでした。


 どれも鮮やかで魅力的、思わず目を引かれます。

 しかしこれを着てしまえば私という素材が埋没してしまいそうで怖い……なんて思ってしまいます。少し悩んだ結果、ピンクの花柄ドレスを選びました。


 そこから始まったのは着付け。メイジーだけではなく五人ほどのメイドがやって来て手伝い、これも一時間ほどで仕上げられていました。

 数日間の馬車旅があるのならもう少し楽な格好でもいいのでは、と思うものの、貴族令嬢たる者外出時は常に背筋を正さなければならないのだとか。はっきり言って面倒臭いという庶民感覚が抜けませんが頑張らなければいけません。


「無事に終わりました」


 その声を聞く頃にはもうすっかり昼時。これはなるほど、確かにのんびり寝ている暇はなかったなと思わされます。

 ようやく解放された私はメイジーにお礼を言ってそそくさと退室し、ナタリアさんの元へ向かいました。


 そして、そこで私が見たものとは――。


「あら、ヒジリ様。とても素敵に仕上がっておりますのね」


 ゆったりと微笑むナタリアさんは、控えめに言って美術品レベル、いいえもっとそれ以上の美しさを隠しもしていませんでした。

 ふわりと広がる栗色の髪。ナタリアさんの美貌を損なわせず、巧みに輝かせる翠色のドレス。化粧のせいでしょうか、目元が優しいながらもキリリと引き締まり、唇は申し分程度の朱を差して、その魅力を引き立たせています。


 異世界に来てからというもの、結構な数の美人に出会ってきました。

 特にセルロッティさんはかなりの美しさでしたが、彼女のようにどぎつい印象は全くなく、本当にナタリアさんは女神のようだったのです。


「ふふふ。(わたくし)に見惚れてくださっていますの?」


「あ、ああ、すみません。ついうっかり」


「そうですの」


 少し嬉しそうに言いながら、ドレスにつけるブローチを選んでいる様子のナタリアさん。

 その一方で専属メイドだという女性がナタリアさんに恭しく靴を履かせていて、その光景を見ていると貴族令嬢感が増します。私なんてできる範囲のことは自分で済ませましたし。


「もうじき(わたくし)も用意が整いますの。少しお待ちいただけると幸いですの」


「わかりました。外で待っておきますね」


 部屋を出るまではどうにか笑顔を保てていたでしょうか。

 ナタリアさんの前から離れた私は、思わずため息を吐かずにはいられませんでした。


 ――だってダンスパーティーなんかに行ったって、絶対ナタリアさんと比べられて馬鹿にされるに決まっているじゃないですか。

 今から少し、憂鬱です。

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