203:苦行のダンスレッスン
ダンスレッスンはメイジーではなくナタリアさんが直々に教えてくれることになりました。
ナタリアさんなら優しくしてくれると思ったのですが、そう簡単にはいきませんでした。
ふわりと裾が広がる重たいドレスを纏ったままダンスをするというのは、尋常じゃなく大変。
貴族が踊るダンスには女性パートと男性パートというものがあり、初心者ということで当然女性パートを選んだわけですが、とにかく動きにくいのです。
体の芯がぶれないように、相手の足を踏まないように、微笑みをしっかりと顔に固定して崩さないように……。指摘される度に修正をしていき、その状態を維持しようと気をつけていてもどうしてもミスを連発してしまいます。
「ヒジリ様? 私の足を踏むのはこれで三回目ですけれど、おわかりですの?」
男性パートを担当するナタリアさんが、にっこりと微笑みを浮かべて私に問いかけます。
私の背筋は思わずピンと立ちました。
「は、はい! すみません」
「ヒールで殿方の足を踏むようでは、たとえどれほど美しく身分の高い令嬢であったとしてもダンスのお誘いはされませんの。これから三時間ほど練習を続行いたしますの」
優しい口調ながらも、ナタリアさんはスパルタ。
私が限界というところまで全身を酷使してもなお、きっちり三時間経過するまでやめてくれません。
ダンスの練習が終わった私がぐったりと座り込んだのは言うまでもありませんでした。
「これ絶対筋肉痛になるやつ……!」
もはやこのレベルは苦行。運動不足の私にはかなり堪えます。足腰もフラフラでもうダメです。
本番ですら十曲分くらいは踊るらしいのでそのための体力をつけなければならないということはわかるのですが、一気に何曲分もやるとさすがに体力が持ちません。
これでやっと終わり。
そう思っていたのに、さらに厳しいことを言われてしまいました。
「少し休憩を挟んで後五時間は練習いたしますの」
「えっ、まだやるんですか!?」
「それでついてこられなければ、ダンスパーティーでの恥晒しは決定ですの」
この世界で生きていくにはダンスの技術は必要不可欠。
恥晒しになってはナタリアさんの名まで落としてしまいます。養女としてお屋敷に身を寄せさせてもらっているのに、恩を仇で返すようなことはできません。つまりはやるしかないのです。
私はぎゅっと唇を噛み締めました。
「頑張ります……」
完全習得できずとも、力の限りやらなければならないのです。
私はその日、本気で立ち上がれないようになるまで、ナタリアさんと一緒にくるくるくるくるとひたすらに踊り続けました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――出発までの日々はほとんどダンスに費やすことになりました。
朝、起きてすぐに軽食をとり、その直後にダンスレッスン開始。昼食時までそれを続け、昼食を挟んでまた練習、昼過ぎのわずかなティータイムの後もまた練習、そして夜になってようやく終了し、夕食後はベッドに倒れ込んで眠るというカリキュラムでした。
でもそのおかげもあって私のダンス技術は短期間で確実に上達。体の芯がぶれなくなりましたし、足を踏む確率もグッと減ったのです。
出発前日の夜、「この程度になれば最低限は形になったと考えてよろしいですの」とナタリアさんからお墨付きをいただきました。
「ですが油断すればすぐ殿方の足を踏む危険性がありますの。ダンスの際は全身の隅々まで意識を集中させ、殿方に気に入っていただくように踊りますのよ。慣れてきたと思っても常に注意が必要ですの」
「わかりました。気を抜かないように気をつけます」
これだけ練習しておきながら、本番で失敗なんていう真似はできません。
私は力強く頷いて、本番へ向けての覚悟を新たにしました。
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