20:この世界の歴史について教えてもらいました
「はぁ……はぁ……」
「お疲れ様でございました、聖女様。日を追うごとに確実に実力が上がっておりますので明日もまたどうぞ励んでくださるようお願いいたします」
優雅な微笑を讃える女騎士、ニニの前で、私は地面に膝をついていました。
始めてからもう七日ほどになるでしょうか。毎朝毎朝修行を繰り返しているのですが、この疲労感といったらありません。毎度一日中走ったのかとでも思うほどに疲れてしまうのです。
私、体力にはそこそこ自信のある方だったんですけどね。まさかこれほどに魔法というものがきついとは思ってもみませんでした。
一回魔法を放つだけでまるで全身の力が奪われたかのような感覚に襲われます。まあ、実際魔力というのはエネルギーのようなもので、それが抜けていくわけですからね。
ニニ曰く私はまだ魔力制御というものをできておらず一度に魔法を放出しすぎてしまうようです。今日はその訓練で二十回近く魔法を使わされ、もう体力など残っていません。最初の時のように気絶しないのが不思議なくらいです。
そろそろ自室に帰ろう、私がそう思っていた時、ニニが意外すぎることを言ったのです。
「……聖女様、お疲れでございましたら薔薇でも見ながらお茶などいたしませんか?」
「お茶、ですか?」
いつもは私への魔法講義を終えると、すぐにどこかへ行ってしまうニニ。
それもそのはず、『光の騎士』と呼ばれる彼女は国中から引っ張りだこなんだそうです。聖魔法ほどではありませんが光魔法も貴重で、それもここまで強い光魔法を扱うのはこの国の中では彼女ただ一人なのだと教えられました。ニニってそんなにすごい人だったんですね。忙しいのに私なんかに教えてくださって……なんだか申し訳ないです。
そんな彼女が私をお茶へ誘うなんて、思わず仰天してしまうほどでした。もしかして、私があまりダメすぎなのでお説教を喰らうのでは……? そんなことを思いつつニニを見ると、彼女は、「別に何の思惑もございませんよ」と笑い、
「ただ、休憩がてら、聖女様に少しこの国の歴史をお教えしておいた方がよろしいかと愚考いたしまして。聖女様はこの国のことはあまりご存知ではないとお聞きしてございます」
「はい。スピダパム王国なんて国、召喚される前は全然知らなかったですから」
いわゆるゲーム転生やら物語転生のようなものだったら予備知識があるのでしょうが、私はあくまでもある日突然呼び出されただけなので知るはずがありません。
「世界を救うお方としてこれから活躍していくであろう聖女様にとって、この国や世界のことを知っておくのは必要不可欠なことでございます。わたしのお話にしばしお付き合いいただけないでございましょうか?」
ああ。確かに、この国のことを何も知らないと、後々困りそうですよね。
私はニニに頷き、二人だけのお茶会を開くことになりました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「聖女召喚の際、この国に危機が迫っているという話は耳になさいましたか?」
「ええ、まあ。なんだか太古の大予言とか言ってたあれですよね?」
「そうでございます。初代スピダパム王国国王デリック陛下が女神のお告げを聞き、予言なさったとされております」
そう。そのために私はこの世界に呼ばれたんですよね。
でも私、正直色々と疑問があるんです。そのデリックとかいう昔の国王様ですが、女神様のお告げを聞いたというのは本当なのでしょうか? ただの妄言では? そもそも夢で聞いたんですよね?
しかし王国の騎士たるニニの前でそんな無礼なことを口にすることもできず、私はそれ以上何も言いませんでした。
「約千年の昔、この世界には大きな災いが降りかかったと言い伝えられてございます。それが一体何であったか、今を生きるわたしたちには残念ながら詳しいことはわからないのでございますが。
それを阻止なさったのがデリック陛下でございました。しかし千年の時が経った時……今から言いますと来年にあたる年にはもう一度、厄災が訪れることは間違いございません」
この話は召喚された直後、国王様にも聞きました。
でも、千年前にも大惨事があったんですね。その時は聖女を呼ばなかったんでしょうか。少し気になるところですが、質問する間もなくニニは話し続けます。
「それからデリック陛下のお力によりたくさんの国家が生まれ、そのうちの一つがスピダパム王国でございます。陛下のおかげで国は栄え、その後もずっとこうして国が続いているのでございます。……しかし千の年をもうじき迎える今は各地に魔物が溢れて不穏な空気が流れ、あまり平穏とは言えませんが。
ですから聖女様にはこの国を、世界を救っていただきたい。それが現国王様の意志であり、この国、いいえ、世界の総意でございます。あなたのような小さな方に勝手なお願いを押し付けるなど本来であれば許されることではございませんが、どうぞ、お力を貸していただいたいのでございます」
紅茶のようで紅茶ではない甘いお茶を飲みながらのニニの話。
なんだかかなり壮大な話を聞かされた気がしました。そしてこの国の行く末が私にかかっているのだと言われると、改めて責任の重大さを感じます。……私には少し、いいえだいぶ重すぎやしないでしょうか。
でも、
「もちろんです! 全ては家に帰るため、私も協力します」
「……聖女様は正直でいらっしゃるのでございますね」
「ええ。私、お人好しではありませんので」
ニニに苦笑されましたが、誘拐同然に呼び出されたわけですし全面的に好意的というわけにはいきませんよ?
まあ、だからと言って見捨てるつもりもありませんが。
ここの世界の人たちは私と全く違う異種族です。
誰を見ても巨人だらけで、髪の色も目の色もまるで私と違います。でもここの人たちも私と心を通わせることのできる相手だと知ってしまった以上、放置しておくなんてさすがにできませんでしたから。
「ごちそうさまでした。そういえばお茶会なんてしたのは初めてです。お話を聞かせてくださりありがとうございました」
「こちらこそでございます。では聖女様、また明日」
幾許か体力が回復したのを確認すると、私はそっと茶会の席を立ちました。
ニニが笑顔で私を優しく見送ってくれました。これがあの鬼コーチ……じゃなかった、お師匠様とはとても思えません。
でもこの国の人々を思ってのこと。そう思うと少しニニを許せるような気がしました。
そんな彼女を振り返りながら私は、明日も聖女修行、もとい苦行に耐え忍ぼうと思ったのです。
面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。
ご意見ご感想、お待ちしております!