199:一方王太子は…… ――エムリオ視点――
「……エムリオ」
「はい」
「お前はなんたることをしでかしてくれたのだ。聖女サオトメ・ヒジリ嬢がその場を収めたから良かったようなものの、お前はあろうことかタレンティド公爵令嬢との婚約を破棄しようとしたらしいな。
これは決して許されることではない。卒業パーティーは学生たちの未来を祝すもの。それを台無しにした罪は重い。
エムリオ、沙汰を言い渡す。お前はしばらく謹慎の上、王太子教育の一部をやり直させる。異論は認めぬ」
「承知しました」
ボクは、父である国王に向かって深く頭を垂れた。
……ああ、こうなるはずじゃなかったのにな。そんな風に思いながらも、ボクは父の寛大さに感謝する。本来あのようなやらかしをしたらちょっとやそっとの謹慎どころでは済まなかっただろうから。
婚約者に愛されて、家族に愛されて。ボクはきっとこれ以上ないほどに恵まれているに違いない。
だから文句なんて言わない。
ジュラー侯爵家の養女になったと聞くヒジリに会いに行けないのは残念でならなかったけれど――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あら兄様、おかえりなさい。父様から謹慎処分を言い渡されたらしいわね。まさか兄様がそんなことになるなんて思ってもみなかったわ」
ボクが部屋でぼぅっとしていると、妹のレーナが勝手に上がり込んで来て、そんなことを言い放った。
いつも思うがこの妹は本当に自由奔放だ。将来どんな王女に育つか、楽しみであると共にかなり心配でもある。
「……レーナ、ただいま」
「兄様がご無事なようで何よりよ。けれど兄様、訊かなければならないことがあるわ。
母様に聞いたの。セルロッティ姉様に婚約破棄をしようとしたんですって? 一体どういうことなのかしら。ねえ兄様、セルロッティ姉様がどんなに兄様を慕っているか、兄様なら知っていたと思っていたのだけれど」
すごい剣幕でボクに迫ってくるレーナ。
彼女はロッティと親しい。だからロッティを裏切ろうとしたボクが許せないのだろう。
事前にレーナが文句を言ってくることはわかっていた。だが、いざ問い詰められるとなんと答えていいのかわからない。
「ボク、恋をしたんだ。レーナにはわからないよ、ボクの気持ちは」
ロッティと仲直りした後も、ヒジリへの恋心はズキズキと疼き続けている。
ロッティは大事だし、愛すると誓う。それでもこの初恋の残骸はそう簡単に消えるものではなかった。
「ふーん? 『裸の聖女』の聖魔法に当てられたってわけね。兄様知っているかしら? 聖女の持つ聖魔法は、相手の警戒心を惑わせる作用があるんですって。
兄様なら引っかからないと信じたかったけれど、わたくしの見込み違いだったわ。見損なったわよ、兄様」
「そこまで言わなくても……。それに何だい、心を惑わせるって。つまり、ボクは魅了されて――?」
「魅了というほどではないけれどね。まさか兄様がセルロッティ姉様を見捨てるなんて思ってもみなかったわ」
……信じられない。
じゃあこのボクの恋心は、偽りのものだったのか?
ヒジリと共にいた時に感じた安心感は。彼女の温もりは、全て偽りだった?
ボクは答えを求めてレーナを見つめたが、結局彼女が答えることはなくて。
「兄様、絶対にセルロッティ姉様を幸せにしてね」という静かで重たい一言を残して、レーナは去って行った。
二ヶ月ほどの謹慎期間中、ボクはずっと頭を悩ませ続けたが、この問いの答えは結局わからなかった。
ヒジリへの恋心がまやかしなのか、本物だったのか――。
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