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196:公爵令嬢の過去話

「何ですか、ニヤニヤして。もしかして嬉しかったり?」


「そんなわけありませんわ! 揶揄うのもいい加減にしなさい。ただ……あなたが初めての友人だったものですから、どうしてあなたみたいな厄介な女を認めてしまったのかしらと思っただけですわ」


 友人になったとはいうものの、やはりセルロッティさん――いいえ、セルの態度は変わらないようで、依然ツンツンしたまま。

 私は彼女を少しだけ揶揄いつつ、言葉を交わします。


「そっちこそ随分な言種ですね……。でもちょっと待ってください? セルの周囲って常に令嬢たちがいましたけど、あれは友人じゃないんですか?」


「あんなのはただアタクシの美貌と地位に惹かれてやって来た羽虫に過ぎませんわ。ただ使い勝手が良いから使っていたまででしてよ。学園が終われば顔を合わせることもパーティーか大きなお茶会の際くらいしかありませんわ」


「へぇ、そんなもんなんですね。で、取り巻き令嬢たちの不始末はどうなるんです?」


「彼女らはそれなりの処分を受けているはずですわ。間違いなく謹慎と慰謝料ですわね。そろそろあなた宛に届く頃だと思いますわよ?」


「そういえば慰謝料、もらえるんでしたね。それでセルは私に何をしてくれるんですか?」


「アタクシの初めての友人という栄えある称号を与えて差し上げたんですのよ。何かご不満でもおありかしら?」


 言葉の端々に選民意識というか何というか、貴族らしさが窺えます。

 別にセルの友人の称号は大したことないと思いますし、ジュラー侯爵家の養女に貰われた時点であまり利点――例えばツテのおかげでパーティーに出られたりとか――はないと思うのですが。


 少しセルの物言いにイラッとしつつ、しかし笑顔で受け流しました。


「いや、なんでそんな偉そうなんですかね。まあいいです、水に流しましょうと言ったのは私ですし。じゃあ、セルの話でも聞かせてもらっていいですか? どうして友人がいないのかとか、あとエムリオ様との馴れ初めも聞きたいです」


「馴れ初め……!? アタクシと、エムリオの、ですの? そ、そんなのを聞いて一体何になりますのよっ!」


「あー照れちゃってます? 顔真っ赤ですよー?」


 偉そうだったり、急に赤面したり。

 こうして付き合ってみると、こんなことを言ったらきっと怒られるでしょうが、セルを可愛く思ってしまいます。

 レーナ様を見ていた時と同じ感覚です。微笑ましいというか、何というか。

 だから揶揄いたくなってしまうのです。


「意地が悪いですわよ『裸の聖女』!」


「名前で呼ぶ約束ですけど?」


「ヒジリ! いい加減になさいな!!」


「セル、淑女ですよ淑女。いつも余裕の笑みでいるのが淑女なんでしょう?」


 メイジーにいつも言われていること……淑女の基本を説くと、セルは悔しげに顔を歪めます。

 そして投げやりに言い放ちました。


「ぐぬぬぬ……。わかりましたわよ話してやりますわ、ありがたくお聞きなさい!」


 ありがたいなんて思いませんが、私は静かに頷きました。

 別に、人の恋バナに興味があるとかでは全然ないですけれど。……いいえ嘘です、少しは興味、ありますけれども。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 それからセルに聞かされた話は、砂糖菓子よりも甘い惚気話ではなく、想像していたよりもずっと重たいものでした。


 貴族の娘という生まれは決して恵まれたものではなく、政略の駒として使い捨てのように育てられ、勉学だけ叩き込まれて生きて来たセル。

 体罰は当たり前で、親子の会話なんて一切ない生活。それは私の世界に当てはめて言えば虐待以外の何者でもありません。が、それが一部の――特に権力志向の貴族家では普通だというのです。


 ジュラー侯爵家はつくづく恵まれているのだな、と思います。

 彼女に初めて人間としての情を見せたのがエムリオ様であり、必然のようにセルはエムリオ様にぞっこんになったと言います。


 その話を聞いて非常に申し訳なくなってしまいました。

 私はそうと知らずにセルの唯一の心の拠り所を奪おうとしてしまっていたのですから……。


 いじめられたことを良いとは思いませんが、反省せざるを得ません。

 ですがすぐに、エムリオ様の方がよほどひどいことに気がつきました。婚約者に散々優しくしておいて、どこの馬の骨とも知れぬ聖女――つまり私なわけですが――に惚れ込んで蔑ろにするんですよ?


「最低じゃないですか」


「アタクシのエムリオを悪く言わないでくださいませ。あの方にはきちんと反省させた上、再び大切にすると誓っていただきましたもの。今度はレーナ殿下にもしっかり監視していただきますし大丈夫ですわ」


 ツンとすましながらもそう言うセルの顔は、まさに恋する乙女のもので。

 少し羨ましいなぁ、と思ったのは内緒です。その代わりにめいっぱい声を張り上げました。


「あなたの初めての友人として、私があなたの恋の応援をしてあげます!」


「どうしてそうなりますの。何よりアタクシとエムリオは婚約者ですから、あなたが邪魔しない限り結ばれることが決定しておりますのよ」


「それでもですよ。友人ってのはそういうものでしょう?」


 仕方がない、とでも言いたげに肩をすくめるセルでしたが、きっと内心ほくほくだったに違いありません。

 このごく短時間の付き合いで、彼女の性格がある程度飲み込めてきた私にはわかります。


「勝手にそうしたければすればよろしいのではなくて?」


「なら、その代わりに私の目的のお手伝いもしてくださいね」


「知りませんわ。願い事があれば女神様にでも祈ればいかが?」


「それができれば苦労はないんですけどね……」


 それから少し、私の方の過去話もして。

 セルはそっけない態度でそれを聞きつつ、最後には「アタクシの手の尽くせる範囲なら」と協力してくれることになったりしました。


 表向きは刺々しいのに、心根は優しいセル。癖は強いですがうまくやればすぐに仲良くなれそうな気がします。

 彼女との友情を育むのも悪くはない――そんな風に思う私なのでした。

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