192:これは事故です……多分
それは、多分事故でした。
ええ、事故なんです。だってアルデートさんに他意があるわけないんですから。完全に、私のせいなんですから。
だから――彼と私の顔が、触れ合うほど近くにあって、彼の腕の中にお姫様抱っこですっぽり収まってしまっているなんていうこの状況は、ただの事故に過ぎないのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジュラー侯爵領は思ったよりも広くて、とても歩きで見て回れるようなものではありませんでした。
談笑しながら歩き続けているうちに気がついたら日暮れ間近になっており、アルデートさんがそろそろ帰ろうかと言い出したのです。
でもこれくらいではまるでお礼ができた気がしません。だから渋る彼を無理矢理誘って、「泊まっていってください」と言おうとしたのですが。
会話の途中、メイジーを振り返った私は……大きく揺れたドレスの重みに耐えられず、バランスを崩して倒れ込んでしまいました。
なんたる失態。なんたる無様。
そのまま倒れてしまえば良かったのです。ドレスはダメになってしまうでしょうが、その方がいくらかマシでした。
でもお人好しなアルデートさんが私を黙って見ていられるはずもなく、気がついたら彼の腕の中だったというわけです。
「「……ぁ」」
彼と私の声が、重なってしまいました。
……もうなんと言ったらいいのかわかりません。
そりゃあ、一度川で溺れた時に助け上げられたとは聞きましたよ? でもその時は私は意識を完全に失っていましたし、人目もなかったでしょう。
しかし今は違います。ばっちりメイジーが見ていて、しかも私の意識もあるのです。近距離でアルデートさんの菫色の瞳と見つめ合ってしまった時、一瞬呼吸が止まったかと思いました。
その後、なぜかアルデートさんがメイジーに叱られていたり、私も私で明日からの淑女教育がさらに厳しくなることが決定してしまったりしたのですが。
そんなことより何より、ドキドキと激しく鼓動を繰り返す胸の昂りをおさめる方が大変でした。
単なる友人でしかないアルデートさんに抱かれただけで、こんな気持ちになってしまうなんて、自分でもウブすぎると思います。
これは、単なる事故なのに……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、アルデートさんは慌てて帰って行ってしまいました。
「俺もなかなか忙しいから、次にいつこの屋敷にお邪魔させてもらう時間が取れるかは怪しいが、また今度、どこかで会おう」
去っていく彼をどこか名残惜しく思ってしまうのは、どうしてなのでしょうか。
しかし私はその感情の意味を考える余裕すらないようで――。
「ヒジリお嬢様、先ほども申し上げましたように、これからはドレスで転ぶという失態を犯さぬよう、私奴がさらに力を入れてご教授差し上げますのでそのおつもりで」
「あの、手加減をお願いできませんか……? さすがに私も限界というか」
「いけません」
ギロッと鋭く睨みつけながらメイジーに言われ、私は黙るしかありません。
伯爵令息のアルデートさんに対してさえ強気でしたし……メイジー怖過ぎです。
ああ、これから先の生活が思いやられます。
先ほど愚痴ったばかりなのにアルデートさんにまた心の悲鳴を漏らしたい気持ちでいっぱいになりながら、私は頷くのでした。
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