182:侯爵令嬢になるなんて無理です!
ジュラー侯爵様は、養女になる場合の損得の話を色々してくれました。
細かくて難しい部分は多少あったものの、大体私に損はなさそうです。せいぜい侯爵家のイメージアップために利用される、程度のことでしょうか。別にこき使われるわけでもなさそうですし、悠々とした日々を送ることができそうです。
あまりにも都合が良いので詐欺じゃないのか?と疑いたくなるところでしたが、「きちんと契約書はありますし、第一聖女様を騙したらただでは済みませんの」とジュラー侯爵令嬢は言います。
確かにそれはそうでしょう。私は王家とのコネもあるわけですしね。
――好条件過ぎるほどの好条件。それが詐欺じゃないとしたら全力で乗っかりたいのは山々なのですが、一つ、問題がありました。
庶民生まれの庶民育ちのTHE・平凡で生きてきた私が、侯爵令嬢ですよ?
何かの冗談だと言われた方がまだ説得力があります。それともやはりこれは夢? 異世界に来てからのことが全部夢……ってわけはさすがにないですよね。
養女ということは、私はジュラー侯爵家の娘になるわけです。
元の世界には両親が健在で暮らしているのに? 弟までいるのに?
「侯爵令嬢になるなんて無理です!」
それにこちらの世界でも家族を持ってしまったら、元の世界に容易に帰れなくなってしまいます。
もしかすると、私が簡単に戻ってしまわないための足止め? 厄災とやらを追い払った後も私を馬車馬のように働かせる算段なのでしょうか。
それなら少し納得できる気がしました。
旨い話には大抵裏があるものです。これもきっと、その類なのでしょう。
しかし今ここで踵を返し、ジュラー侯爵弟を後にしてしまったら、次の滞在先が思いつきません。せっかく定住できる場所を手に入れられそうなのに無理だと言い切ったことをすぐに後悔しましたが後の祭りでした。
「残念ですな」とすぐに引き下がろうとするジュラー侯爵。しかしそれに反し、ジュラー侯爵令嬢は積極的でした。
「聖女様、急な話で非常に困惑なさっていることは理解しておりますの。本当なら学園の在学中にきちんとお話しすべきだと思っていたのですけれど、状況がそれを許さず。申し訳ありません。ですが、あなた様を養女として……義妹として迎え入れたいこの気持ちは本当ですの。ひとまずはこの屋敷に滞在していただき、その間に決めてくださって構いませんの」
「……でもそんな、悪いです。働くわけでもないのにただでいさせてもらうなんて。あっ、それともこちらでも領民の方々の治療をすれば」
「セデルー領でのご活躍はミランダ様より聞き及んでおりますの。素晴らしいことですの。ですが散々働かれて聖女様もお疲れでしょう? 幸いなことに私どもの領地は安定しておりますから聖女様のお力は必要ではございません。機会があればお風呂を作っていただきたい、というのは個人的には思いますけれど。
どうですの、聖女様。もちろん無理にとは申しませんが……」
本当に、滞在するだけでいいというなら。
異世界に来てからというもの、レーナ様にニニに支えられ、エムリオ様に助けられ、アルデートさんに救われミランダさんに協力してもらっていたのに、その上ナタリアさんの好意に甘えるだなんて図々しいことこの上ないことはわかっています。それでも、頼れるもののない今は仕方がありません。だから――。
「わかりました。私、養女になります。……ただ、とんでもなく迷惑ばかりかけるでしょうし、返せるものは少ないと思います。帰るとなったらすぐに元の世界に帰りますが、それでも良ければ」
「もちろんですの。心から歓迎いたしますの」
若干ゴリ押し気味な娘の態度に嘆息しつつも、ジュラー侯爵様からは「ありがとうございます」と頭を下げられました。
頭を下げたいのは本当はこちらなのですが……とは言えずになんとも言えない笑顔を浮かべて見せた私は、これからこの人が義父になるのかと思って変な気持ちになったのでした。
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