179:ミランダさんとの約束を果たすのです②
田畑は随分な荒れ様でした。
稲に似た植物の葉は灰色に染まり、実の成る木などは真っ青になって腐っているのが大半です。何か特別な薬でも撒かれたかと思うような状態でしたが、単に病気のせいだと言います。
「聖女様、治していただけますか」
私とミランダさんの姿を見るなりお百姓さんの一団がワッと押し寄せ、我先にと言い出しました。
みんな明日の食べるものもなく困っているのでしょうが、そう急かされても困るというもの。ミランダさんに人払いをお願いした後、私の仕事が始まります。
聖魔法を宿した手で触れると、稲らしきものが朱色になり、実の成る木などは元気を取り戻すどころかぐんぐん成長しはじめました。
これにはさすがに驚きつつ、しかし魔法なら当然かと思い直して着々と作業を進めていきます。使用する魔力量を調整しつつ、力を注ぎ過ぎないようにしてセデルー公爵領の田畑を全て歩いて回りました。
……それでも最後の畑で聖魔法を使った後、力が抜けて座り込んでしまいましたが。
「ヒジリ嬢、お疲れ様です。野外授業の時といい魔法大会の時といいあなたの魔法には驚かされっぱなしでしたが、まさかここまでやれるだなんて」
「……私だって日々成長してますからね。でもまだまだです」
それに、仕事はまだ終わっていません。
疲れ切って重たい体を引き摺るようにしてミランダさんのお屋敷に帰り、一晩休んだ後は再び外へ。
そして始まるのは、魔獣討伐です。
「まあ多分、余裕でしょうけど」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな風に思っていた時が私にもありました。
「やだやだやだ――っ、なんですかこの気持ち悪いの! あっち行け! 来るなぁっ!」
「ネバネバする! 聖魔法効きにくいんですけど!? ミランダさん、助けてくださいよ――!」
私は奇妙な魔物に囲まれ、悲鳴を上げていました。
今までだってたくさんの魔物と対面してきたのだから何を今更、という話なのですが、気持ち悪いものは気持ち悪いのです。
モモンガに似たピンク色の飛行動物。しかしその体は非常に粘ついたスライムのようで、背中についた六芒星の形をした漆黒の単眼がギョロリとこちらを睨みつけています。
――魔獣タケピトゥカ。
やたらと発音しにくい名前のこの魔物こそが、セデルー公爵領の人たちを悩ませているものでした。
公爵領の森林地帯に生息し、時々人里に降りてきては人的被害をもたらすという厄介な魔物。
今まではセデルー公爵家の私兵団と、公爵領の中では最も魔法の才に長けたミランダさんが魔物の駆除を行なってきたといいますが、確かにこの数では手に負えないのも納得です。
こいつら、他の魔物とは比べ物にならないくらいしぶといのです。学園の野外授業の時は聖魔法をぶっ放したら一発で全滅したというのに、タケピトゥカは全力で魔法を叩き込んでも十匹殺せる程度。そしてその間に接近してきてネバネバの体でひっついて来ようとします。
「ヒジリ嬢、背後!」
「きゃあっ」
ミランダさんに言われて慌てて振り返ると、タケピトゥカの大群がこちらへ向かって突進してきているところでした。
魔法を放って寸手のところで殺れましたが……消耗が激しいです。その上タケピトゥカのネバネバが、体力を奪っていくように感じられました。
ミランダさんの魔法属性は火。
業火にジュッと焼かれ、丸焦げになった魔物が地面に落ちていきます。
私よりミランダさんの方が圧倒的な戦力なんですが…………。私もきちんとここに来た役目を果たさねばです。
心を新たにした私は、大きく息を吸い込み、今までとは桁違いの本気の魔法を放出しました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「まだ倒れるんですか、私……」
気づいたらベッドの上でした。
はい、魔力の使い過ぎです。もうさすがに大丈夫だと高を括っていた自分を殴ってやりたい気分です。全身だるくて動けません。
タケピトゥカはとりあえず討伐できたと聞きました。
私の魔法がたまたま魔物の巣の場所に直撃したようで、生き残っていた分の八割くらいを駆除、残りはミランダさんと私兵団の皆さんが処理したとのこと。
つくづく本当に情けないです、私。
魔力も体力と一緒で運動などで増えるらしいので、元気になったらランニングでもした方がいいのかも知れません。
そんなことを考えながら、私はお風呂づくりの計画を立てていました。
王城でやったことを思い出しつつ、ミランダさんに頼んで取り寄せてもらっているところの木材の到着を待ちながら、紙もペンもない中で空想を続ける日々。
――もちろん全然関係ない事案、例えばアルデートさんは今何をしているだろうかとか、学園生活を思い返したりもしていましたが。
そして数日後、木材が届くと同時に私はほぼ回復していました。
早く仕事を終わらせれば終わらせた分だけセデルー公爵邸に滞在する理由がなくなってしまうのが残念ですが、でも仕事は仕事。依頼をこなしてこその聖女だろうと自分に言い聞かせ、まだ少しだるい体で立ち上がったのでした。
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