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173:聖女は誰もを救うものなのです

「ヒジ、リ……」


 初恋の残骸はたった今消え去ったばかりのはずなのに、苦しげな彼の顔を見るとじくりと胸が痛み、なぜだか涙が出てきそうになります。

 私は慌てて彼から顔を逸らし、力の緩んだエムリオ様の腕から全力で逃れて壇上を駆け下りました。


「さようなら、エムリオ様」


 と言っても永遠の別れにはならない気がしますが。

 床にへたり込む彼を振り返りもせず、向かったのはアルデートさんのところ。ちょうど彼はたった今人混みを掻き分けて出てきたようでした。


「……はぁ、やっと出られた。君、大丈夫だったか」


「はい。なんとかかんとかですけど」


「それにしてもまさか王太子殿下がこの場でやらかすとは思わなかった。俺たちの見込みが甘かったというかなんというか」


「仕方がないですよ。だって、エムリオ様の行動はあまりにも予想外でしたから」


 自分の身が破滅するとある程度わかっていながら、それでも婚約者ではなく私なんかを選ぶだなんて普通誰も思いません。

 タレンティド公爵令嬢と比べてしまえば私なんて美人でも何でもないですし、家柄とか淑女のマナーなどというこの世界では大事なものも持っていないのに、どうして彼に見染められたのかがそもそも謎ですが、多分いきなり名前呼びしたのがまずかったのでしょう。後、私みたいな無知な人間が新鮮だったのかも知れません。はっきりとエムリオ様の胸中を知ることはできませんが……。


 それにしたって今回はエムリオ様のやり過ぎです。誰かが不幸になる結末なんて、私、望んでいませんもの。


「あのまま見逃しておけばタレンティド公爵令嬢に都合よく意趣返しできただろうに。……それを自ら止めるなんて、君は優しいな」


「そんなことありませんよ。だって王子様を掻っ攫っていく泥棒猫みたいな役回り、嫌じゃないですか? それに、聖女は誰もを救うものなのでしょう? なら、タレンティド公爵令嬢の心も救ってあげないと、聖女失格です」


「そうだな。まったくその通りだ。さすが女神に選ばれし聖女様は格が違うな」


 まあ、実際には聖女という肩書きに納得がいっているわけではありませんし、聖人でも何でもないのでタレンティド公爵令嬢に今までされたことを全て許せるわけではないですけれどね。


 ――などと私たちが言っている一方で、背後では「よく大勢の前で言えるな……」と言いたくなる、愛の言葉が紡がれていました。


「エムリオ。恥知らずではありますが、アタクシはあなたをお支えしたいと思っておりますの。どうかこの度のアタクシの過ち、許してはくださいませんかしら? アタクシ、あなたなしでは生きていけないのです。

 ですから、もう一度だけアタクシに機会をくださいませ。気に入らぬ者を排除するようでは確かにこの世を渡り歩くことはできないと、あなたの言葉で痛感いたしましたの。これからは他者をやっかむだけではなく、社交の力を極め友人を作り、必ずあなたに相応しき女――完璧な王太子妃になってご覧に入れますわ」


 タレンティド公爵令嬢は、本当にエムリオ様のことが好きなのでしょう。

 フィクションの中でしか聞かないような告白に、当事者でもないのに顔が赤くなってしまいます。そういうことは二人でやってください、と言いたいところですが、口を挟むのは野暮というものでしょうか。

 これからは私のことなんて忘れて二人が仲良く過ごせるようにと祈りながら、私はアルデートさんと一緒にそっと人混みの中に消えていったのでした。

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