172:真実の愛? 馬鹿じゃないですか?
「エムリオ殿下、婚約破棄は考え直してください。セルロッティさん、あなたのことが大好きなんですよ?」
私は全力でエムリオ様を説得しにかかりました。
これで大人しく引き下がってくれればまだ大きな事件にはならず、「そんなこともあったよな〜」的な笑い話レベルで済ませられる話になるかも知れません。それにこれ以上他の卒業生たちに迷惑をかけるのも悪いですし。早く終わってください、と心の中で祈りましたが、そう一筋縄ではいかないようでした。
「わかっている。わかっているよ。これはボクなりによく考えた末の結果なんだ。廃嫡されてもいい。元々ロッティを捨てた時点でボクに王太子が務まるはずがないから当然の流れだし、継承は妹か弟にでも任せるさ。
ボクはもう気持ちを抑えられない。キミがボクに振り向いてくれなくてもいい、でもボクはキミを愛してるんだ。これは真実の愛で……」
ああ、面倒臭い。正直言って私はそう思いました。
少しだけ胸に残っていた初恋の残骸が一気に描き消えていくのを感じます。この人は物語と現実を混同しているんでしょうか。まあ確かに聖女召喚だの悪役令嬢だのが実在する時点で現実味なんて薄いですが、それでも現実味を持ちましょうよと言いたいです。
「真実の愛? 馬鹿じゃないですか? それは立派な浮気というんですよ、エムリオ殿下」
真実の愛なんておとぎ話の王子様が言う定番のセリフですよね。ガラスの靴を拾って持ち主を探す足フェチとか死体にキスしたりする変態王子様の。
お芝居や漫画の中ならともかく、真実の愛というワードをこの耳で実際に聞くことになろうとは夢にも思いませんでした。なんだか聞いているこちらまで恥ずかしいんですが。そしてこんな人に恋してた私自身が一番恥ずかしいんですが。
でもそれを言ってしまえば嫉妬に狂ってしまうほど彼に惚れ込んでいるタレンティド公爵令嬢も一緒ですね。エムリオ様のイメージが女を魅了する魔性の変態男に変わった瞬間でした。まさに女の敵というやつでしょう。
……と、思考の脱線が過ぎました。本筋に戻りましょう。
「ヒジリ、でも」
狼狽えた様子でエメラルドの瞳を揺らしながら、私を見下ろすエムリオ様。
本人はおそらく浮気の自覚はあったでしょうが、それを私に堂々と指摘されるのが意外中の意外だったのかも知れません。
でも私はもう容赦しません。心を鬼にして、彼にはっきりと別れを突きつけねばならないのです。
「タレンティド公爵令嬢を……セルロッティさんを愛してあげてください」
「それは」
何かを言おうとするエムリオ様を遮って、私は一言。
「私は私の道を歩みますから。――最後に言うのも卑怯ですが、エムリオ様、ちょっとだけ好きでした」
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