171:その婚約破棄、待ったをかけます!
卒業パーティーの中、いきなり始まった婚約破棄劇。
いや、確かに悪役令嬢が断罪されて……っていうのはテンプレではありますよ? ありますけど、これって国の一大事でしょう、間違いなく。
エムリオ様の隣であわあわしていた私でしたが、こうしている場合じゃないことくらいわかっています。
これは舞台でも何でもなく現実で、婚約破棄なんていうことが実際に起きてしまったら最悪の場合私にとんでもない慰謝料が課されたりするのかも知れません。最悪、報復的な意味でタレンティド公爵令嬢に殺される可能性すらあります。
――アルデートさん、助けてください!
心の中で助けを求めましたが、アルデートさんは人垣に阻まれてまるでこちらに来られない様子です。
かといってセデルー公爵令嬢はエムリオ様から牽制されてしまったせいで安易には動けず、エマさんに期待もできません。
ということは、私一人でこの場を切り抜けねばなりません。
なんとかできるのは私だけなのです。
私は勇気を出し、大声を張り上げました。
「その婚約破棄、待ったをかけます!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エムリオ様が婚約破棄した意図は、大体のところわかっていました。
彼は私に完全に惚れ込んでしまって、諦められないでいるのです。立場の差、政略的なこと。私には馴染みのないそういうことがわかっているはずの立場でありながら、恋の病には勝てなかったのでしょう。そして私がタレンティド公爵令嬢にいじめられ続けていることを見兼ね、あわよくば私を無理矢理にでも婚約者にしようと考えて婚約破棄をした。
……でも、もう私はエムリオ様の手を取る気はありません。
彼は本当にいい人です。優しくてどこまでも甘えたくなってしまう。けれどそれではいけないと気づきました。
私はエムリオ様と友人関係になることはあれど、決して恋人同士にはならない。そういう運命なのですから。
「何を言っているんだい、ヒジリ?」
私の身を抱くエムリオ様が信じられない、というような顔をして、私を見下ろします。
一方でタレンティド公爵令嬢も動揺した様子で私を見ていました。
二人にとってはきっと私はタレンティド公爵令嬢にいじめられた故、この断罪劇を喜んでいる立場にいると思われているに違いありません。
まあ確かにここまで派手にやってくれるとスカッとするところはありますが……それとこれとは話が別というもの。
「ですから婚約破棄はやめてくださいとそう言っているんです。……うっかり婚約破棄を宣言してしまいますと、エムリオ様――エムリオ殿下も、ざまぁされるかも知れません」
ここはあえて周囲の反感を買わないようエムリオ殿下と呼びましょう。
「ざまぁ?」首を捻るタレンティド公爵令嬢となんとも言えない顔でいるエムリオ様に、私は説明していきました。
「ざまぁ見ろの略です。婚約破棄を言い渡した令息や王子様は、元婚約者に大抵の場合ざまぁされるんです。
そうですね。例えばですけど、ざまぁの結果、灰にされたりとか。例えば新しい婚約者と共に人生の坂を転がり落ちたり。あるいは事故死したり。はたまた牢屋にぶち込まれたり、魔王と結託した悪役令嬢に国ごと滅ぼされるなどなど……。それが婚約破棄した男の末路なのです! 一方、悪役令嬢はと言いますと、ぐんぐん成り上がり、大抵は隣国の皇太子の妻となります。そして元婚約者にざまぁを果たすと、格上のヒーローと幸せになるのです。……婚約破棄は御法度。決してしてはならない地獄の始まりなんですよ。私の世界でも、実際にそういう話がたくさんあったのです」
改めて考えてみるとどれだけご都合主義展開なんだ、とは思いますが。
「考え直してくださいまし! アタクシ、エムリオに『ざまぁ』したくありませんわ!」
「つまり、婚約破棄したらいけないってことだね?」
「はい、エムリオ殿下。ああ、『様』と付けると失礼なので、これからは殿下と呼びますね。殿下、私ずっと思ってたんですけど」
婚約者のタレンティド公爵令嬢の想いを無下にするような行為はいかがなものかと。私を大事にしてくださるのは嬉しいですけど、彼女が可哀想です。彼女、私とエムリオ殿下の浮気を疑ってましたよ?」
まあ、浮気まがいのことをしていたのは事実ですけど。でもキスはしてないのでセーフでしょう、多分。
私がそう言うとエムリオ様は黙り込んでしまい、パクパクと口を開閉するだけになってしまいました。
なんだか申し訳ない気持ちになりますが、仕方ありません。
そもそも悪いのは婚約者がいるくせに私に気のある態度をしたエムリオ様ですもの。それに挙げ句の果てには婚約破棄なんて言い出したくらいなのです、しっかり反省してもらわないといけませんからね。
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