170:悪役令嬢の悲嘆 ――セルロッティ視点――
「……生徒会のメンバーでありながら貴族にあるまじき行為だよ。よって、公爵令嬢セルロッティ・タレンティド。キミとの婚約を、破棄する!」
ああ、どうして?
膝から崩れ落ちたアタクシは、壇上――エムリオを見上げながら、呆然としておりました。
本来であれば生徒たちへの最後の言葉を述べられるはずのその場にて、たった今彼が告げたのは、婚約破棄。
幼い頃に王命によって結ばれた政略的な婚約。しかし、アタクシにとっては何よりも大切なものでしたのに。
あの時の拒絶は一時的なものだと思いたかった。
過去に幾度か婚約破棄事件が起こっていたとは聞き及んでいましたけれど、エムリオはそんなことをしないと信じていたかった。
それをこうも容易く破棄されて、アタクシは一体これからどうしろというんですの?
腕に侍らせているその聖女と微笑み合うあなたの姿を、陰ながら見ろとでもおっしゃいますの?
――恨めしい。何もかもが恨めしい。
聖女が憎い。何の努力もしていないくせにエムリオの寵愛を受けられる彼女が憎い。
アルデートが憎い。アタクシと腐れ縁のくせに、聖女側に味方をしたあいつが憎くてたまらない。こんなことなら早く彼を潰しておけば良かった。
ですがそれより何より許せないのは、こんな最低で最悪な結末を生んでしまった不甲斐ないアタクシ自身で。
悔しくて悲しくて腹立たしくて、つぅっと、頬に一筋の涙がこぼれ落ちていったのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エムリオはアタクシにとって光と言っても過言ではない存在でしたわ。
彼によって幼いアタクシの心は救われ、彼のおかげでどんな辛いことにも耐えることができた。
この方をお支えするべく伴侶となる。それがアタクシの使命なのだと、そう思って生きてきましたわ。彼が微笑みかけてくれるだけで幸せになれましたの。
だからアタクシはエムリオのことを愛し続ける。
例えどんなことがあっても、浮気をされたとしても、エムリオのことだけは手放さない――そう誓っておりましたのに。一体なぜ、こんなことになってしまったのでしょう。
卒業パーティーに断罪されるなんて、思ってもみませんでしたわ。
アタクシはどうしたら良かったのでしょう?
エムリオに素直に「浮気しないで、アタクシを見て」と言えば良かったのか。
聖女にお願いすれば良かったのか。
しかしそれをアタクシのプライドは許さなかった。
アタクシより裸女ごときがエムリオに優先されることが。
だから、力づくで排除しようとし、しかしそれは叶いませんでしたわ。
聖女の今までの恥を暴露し、この場の全員に彼女の愚かさを知らしめるはずでしたのに。
なぜ、アタクシの努力は何も実らないのでしょう?
どれだけ手を尽くしても聖女を学園から追い出すことはできなかったですし、聖女の悪行を公にするどころか逆にアタクシが断罪されてしまっている。
今までの王妃教育の意味は、淑女であれと努めてきた意味は、一体何だったのか。全てが空虚に感じられましたわ。
聖女からの断罪であればまだ良かった。
それならまだ言い逃れの余地もありましたし、いくら相手が聖女といえどアタクシの方が身分は上でしたもの。
しかしエムリオからこうして糾弾され、恥をかかされたアタクシはたとえ婚約破棄以外お咎めなしとなっても社会的に死ぬことは明白。たとえその最悪の事態が回避されたとしても、エムリオと共に歩めない人生なんて何の意味もありませんわ。
取り巻き令嬢たちも、アタクシを助けてくれるなんてことはありません。
当然ですわよね。友人でも何でもない、ただ家の利のために付き纏っているだけの女たちですもの。味方をして不利になる時にわざわざ手を差し伸べたりしないでしょう。どうせ後で関与が明らかになるでしょうが、「脅された」なり何なり言えば没落せずに済むでしょうからね。
孤立無援。アタクシは独り、どうしようもできませんでしたわ。
アタクシ、何が間違っていたのかしら。
誰もが憧れる美貌、才覚、権威……。全てを持っていたつもりでしたわ。いいえ、本当はアタクシが誰からも信用されていないことなんて知っていましたの。それでもエムリオだけいてくだされば良かった。でもそれすら……アタクシの人生に希望を与えてくださったたった一人の方さえも、失ってしまうのです。
もう何もかもが終わり。いっそのこと、今この場で死んでしまえればいいのに。
――聖女さえ現れなければ、こんなことには。
――世界に危機が訪れるだなんていう過去の予言がなければ。
そんな取り止めもない恨み言が頭に浮かんでは消えていきます。
アタクシはもう立ち上がる気力すらなく、うつむき、あまりの絶望に唇を噛み締めるばかりでした。
ですからまさか、直後に希望の光が差すとは思っていませんでしたの。
そしてさらにそれをもたらしたのが、憎き裸女――いいえ、本日は似合わないドレスを着ているからその呼び方はふさわしくありませんわね――聖女サオトメ・ヒジリだなんて。
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