159:アルデートさんの不安
「はぁ……」
話が終わった後、学園長室から出た私は大きくため息を吐いていました。
と言っても、負の感情から出た嘆息ではありません。やりきったというか達成感に近い気持ちによるものです。
それはどうやらセデルー公爵令嬢も同じらしく、彼女がホッと肩の力を抜いたのがわかりました。
「後は時を待つばかり。これ以上私ができることといえば女神様に祈ることくらいでしょうね」
「そうですね。セデルー公爵令嬢、本当にありがとうございました」
「私は私のためにサオトメ様に協力したまでのこと。感謝されるほどのことではございません」
「でも本当に助かりました。きっとあなたがいなければここまで辿り着けなかったですもの」
そんな風にセデルー公爵令嬢と話しながら歩いていた私ですが、実は気になってることがありました。
それは、すぐ隣を無言で歩くアルデートさんの存在です。
「どうしたんですか、アルデートさん。なんだか元気がないように見えますけど?」
声をかけてもしばらく何やら考えごとをしているらしく無視されましたが、何度目かでやっと私のことを思い出した様子で「ああ、いや、何でもない」と歯切れの悪い返事をする彼。
しかし当然ながらそんな返答で満足できるはずもなく、私が詰め寄ると、アルデートさんはやっと口を開いてくれました。
「本当に良かったのだろうか、と思ってな」
「何がです?」
「決まっているだろう、卒業パーティーのことだ。仕方がないということはわかっている。でも、この間に一体何が起こるかわかったものではないと考えると不安なんだ」
「……アルデートさん」
「俺が一緒にいる時はいい。だが寮では君とはいられないし、前のように少し目を離しただけで川に突き落とされることだってある。そもそも、川に誘った令嬢が寮仲間なわけだろう。うっかり殺されないとも限らない」
「――――」
心配し過ぎ、と笑って誤魔化すことはできませんでした。
確かに彼の懸念は当然のことで、即時の処遇を求めなかったがために状況が悪化する可能性も考えられなくはありません。その時きっと一番後悔して自責してしまうのはアルデートさんでしょうから。
「ビューマン令息、サオトメ様は女神に愛されし方。彼女が傷つくことを女神様はそうやすやすとお許しにならないでしょう」
「……俺は女神を、あまり信じていない。存在は確かでしょうよ。だが、それならどうして聖女である彼女がこんな目に遭うんだ? 辻褄が合わない」
「女神様はサオトメ様に試練を課されているのです、きっと。……などと言いながら、私も心の奥底では女神様のことを信じ切れてはいませんが」
くすくす笑うセデルー公爵令嬢。アルデートさんもそうですが、この世界の絶対神である女神ヴォラティルとやらをそんなに軽々しく批判して大丈夫なんでしょうか? 宗教国家ではないようなので、王のことを悪く言わない限りは罰せられないのかも知れませんが……。
実際、私は女神の力によって召喚されたというくらいなのです。
現代日本で生きていた私には信じられないことですが、その存在は確かなのでしょうから、女神様に恨まれて天罰が下ったりしないかは心配です。
ともかく、
「もういじめられるのには慣れていますよ。たとえ階段から突き落とされたとしても私は治癒魔法が使えるので平気ですし!」
「階段に突き落とされるっていう想定が怖いんだが」
「でも、あり得ないとは言えないでしょう? 現実になってほしくはありませんけどね」
いくら傷がすぐに治癒できるとはいえ、痛みはあるのです。できればそんなことにならないよう祈ってはいますが、向こうがどう出てくるかは神のみぞ知る、ならぬタレンティド公爵令嬢のみぞ知る、でした。
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