155:ナタリアさんとのお話①
「ようこそ、聖女サオトメ・ヒジリ様。私の屋敷であればもう少しおもてなしできましたが、ここは学園ですので大したお茶もございませんが」
「お気遣いありがとうございます。私は全然大丈夫なので、早速本題に入ってください」
「あら、せっかちでいらっしゃいますの? 相手から情報を聞き出したい時はそれとなく、ゆっくりと。よほど親しい関係でなければ相手はそう簡単に口を割らないものですの」
「……わかりました」
放課後、テラスにて私とアルデートさんはナタリアさんと対峙していました。
昼間見た時と同じ、どこまでも穏やかな笑顔。それでいてこちらの心の奥をじっと見つめてくるような視線。私はそれに負けじと彼女を見つめ返しながら言いました。
「それで、お話って何ですか?」
「聖女様は異世界よりいらっしゃった存在ですの。非常に興味深く、いつかお話ししたいとずっと思っておりましたの」
「なぜこのタイミングなんですか。その機会ならもっと前にもあったはずですよね」
「聖女様、そうお急ぎにならないでほしいですの。お茶を飲むとよろしいですの」
「では、いただきます」
紅茶のようなもので喉を潤しながら私は考えました。
おそらく彼女がこのタイミングで話を持ちかけた理由は、ナタリアさんが持つなんらかの情報と私の知る日本の知識を交換したいというところでしょうか。その条件が整ったのかも知れません。
「ナタリアさんは……」
今、学園で起こっている対立についてどう思いますか?
そう私が言おうとした時でした。
「私、いつ聖女様に名前を呼ぶのを許しましたの、聖女様?」
どこまでもにこやかな笑顔。
しかしはっきりとした拒絶の意思を見せながら、ナタリアさんが私の言葉を遮って問いかけてきました。
一瞬の空白。
そして目をぱちくりさせる私に、彼女は言葉を続けます。
「聖女サオトメ・ヒジリ様はまだご存知でなかったのですの。ビューマン伯爵令息、どうして彼女にそれを教えて差し上げませんでしたの?」
「…………」
「失礼いたしました、ビューマン伯爵令息のお立場では言いづらいかも知れませんの。では差し出がましいですけれど私から申しますの。
聖女サオトメ・ヒジリ様。相手のファーストネームを呼んでいいのは、家族や親類、またはごく親しい友人と互いが認め合った場合や婚約者同士にのみ許されることですの。許可なく、初対面の人物を名前で呼ぶことはマナー違反。相手の身分次第で最悪、不敬罪で処刑されても文句は言えませんの」
「え……」
絶句し、思わず固まる私。
そんなの知りません。今まで知りませんでした。名前を呼んだだけで不敬? 呼び捨てでもないのに?
でも言われてみれば確かに合点がいきました。エムリオ様を名前で呼んだ途端まるで友人に接するかのような親しさでエムリオ様が話し始めたこと、セルロッティさんと話している時に「エムリオ様」と言った途端血相を変えて詰り始めたこと。
その他にも倦厭されることが多かった気がします。てっきり私が聖女だから、そして王太子であるエムリオ様と仲がいいから……だけだと思っていましたが、ナタリアさんの、いいえ、ジュラー侯爵令嬢の言うことが本当なのだとしたら。
「聖女様。あなたはマナー講義を受けることをおすすめしますの」
彼女の言葉に何も言い返せませんでした。
どうして誰ももっと早く言ってくれなかったのでしょう。私が聖女だから? それとも口にするまでもなく当たり前のことと皆が思っていたから?
わかりませんが、誰か一人でも注意してくれ、マナーを教えてくれれば何か変わったかも知れないのに。
ただでさえ半裸で非常識なのにマナーまで非常識だったなんて。
ただただ自分を恥じるしかできない私なのでした。
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