153:侯爵令嬢ナタリアは噂好き
卒業式が日に日に迫り来る、ある日のこと。
彼女が私の前に姿を現したのは突然でした。
「ごきげんよう。初めまして、私、ナタリア・ジュラーと申しますの。あなた様が聖女サオトメ・ヒジリ様でいらっしゃいますの?」
のんびりとした声音、穏やかな笑顔。
殺伐としたこの学園に似合わぬその少女は、昼休み、アルデートさんと二人で昼食をとっていた私に声をかけてきたのです。
艶やかなストレートの栗色髪、おとぎ話の国から飛び出してきたかのような虹色の瞳。人形のような美しさがあり、今まで見た令嬢――セルロッティさんともミランダさんとも全く印象が違う類の美少女でした。
「……はい。私が聖ですよ」
「突然ですが実はあなた様とお話ししたいことがあり、こうしてお声がけさせていただきましたの。今、お時間はよろしいですの?」
「まあ、別にいいですけど」
そう言いながらも私は警戒せずにはいられません。
彼女もセルロッティさんの取り巻き令嬢でしょうか? にこやかな笑みで私に近づき、油断させて今度こそ私を殺そうと企んでいるのかも知れない。悲しいことですがそういった疑いを持たないと生きていけない世の中なのです。
でも一方でアルデートさんは驚愕した様子でナタリア・ジュラーと名乗るその少女を見つめていました。
「では放課後、再びこの場所へ来てくださいませ」
「あの。彼も連れて行っていいですか?」
「もちろん。ビューマン伯爵令息もぜひ、私と聖女様のお話し合いにご同席してくださるとありがたいですの」
無言で頷くアルデートさん。ナタリアさんは「ではまた」と言って、立ち去っていってしまいました。
その可憐な後ろ姿を見送りながら私はアルデートさんに小声で尋ねます。
「……アルデートさん、彼女、一体何者なんです? もしかしてお知り合いだったり」
「知り合いというほどではないが面識はある。ジュラー侯爵令嬢ナタリア・ジュラー。学園長であるジュラー侯爵の娘であり、噂好きとして有名な令嬢だな」
「え、ジュラー侯爵様の娘さんなんですか!?」
確かにどこかで聞いたことのある名前のような気はしていましたが、そういうことだったとは。
気づかなかった自分自身を恥じると共に、そんな人物が私に接触してきたことにさらに警戒を強めます。
「彼女は公爵令嬢派なんですか、聖女派ですか」
「強いて言えば中立だ。ジュラー侯爵家をセデルー公爵家を差し置いてタレンティド公爵家に次いでこの国で二番目の大貴族の娘だが、今のところ動きを見せていないんだ。彼女は多くの令嬢令息と交流があるからおそらく君の情報も全て入手しているだろう。その上で無言を貫くのは何か思惑があるに違いないとは思っていたが、まさか今声をかけてくるとはな」
「今度こそ殺されるんでしょうか」
「それはないと思う。ジュラー侯爵家がタレンティド公爵家に肩入れする理由が見つからない」
「だとしたら彼女の、ナタリアさんの目的は?」
「わからない。ただ考え得るのは、様々な令嬢から君の噂話を聞いて興味を持った、というところかも知れないな。何はともあれジュラー侯爵令嬢の誘いを断るのは得策ではないだろう。セデルー公爵令嬢と相談した後、放課後、またここへ来るか」
「わかりました」
不安はあります。でもアルデートさんの言う通り、彼女のお誘いを受けてしまったからには行くしかありません。
その先でどんな話が待っているかは全くわかりませんが、悪い話ではないことを祈るばかりです。
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