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149:川に落とされて

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。おかしい、ですね。どこにもいない、なんてっ」


 息切れしながら私は、草原を駆け抜けていました。

 アルデートさんを探しているのですが、いくら探し回っても彼の姿がどこにも見られないのです。セルロッティさんがどこかに連れ出したに違いありません。しかしその場所が私には全く見当がつきませんでした。


 一面の野原。そして整備された砂の道の先にあるメンディ辺境伯邸。

 まさか辺境伯邸の中にわざわざ入ったということはないでしょう。となると、やはり二人は野外にいると考えられます。


「……仮にも私の騎士役のくせに、なんでセルロッティさんの相手に感けてるんですか。騎士失格ですよ」


 そうぼやくものの、立場的にアルデートさんがセルロッティさんを追い払えないということも理解しています。

 理解していますが……ここまで姿が見当たらないと、セルロッティさんに秘密裏に処理されてしまったのではないか、なんて悪い考えばかり浮かんでしまうではないですか。


「いいえ、そんなわけありません。他ならぬアルデートさんがセルロッティさんは殺しを好まないと言っていたんです。大丈夫。せいぜい暴行程度で済んでいるでしょう、多分」


 自分で言っていてどんどん自信がなくなってきますが、それでも大丈夫だと自分に言い聞かせ、今度はメンディ辺境伯邸から少し離れた場所を探そうと考えている時でした。


「聖女様、どなたかお探しなのですか」


「――っ」


 背後から突然声が聞こえてきたので私は肩を跳ねさせ、驚いて振り返りました。


 そこに立っていた人物は錆色の髪の少女。

 ここ数ヶ月ですっかり見慣れたその顔を間違えるはずがありません。寮仲間でありクラスメイトのダーシーさんです。

 向こうからこうして話しかけてくれるのなんていったいいつぶりだったでしょう。


「あ、ダーシーさん。実はアルデートさんを探してるんです」


「もしかしてビューマン伯爵家のご令息のことですか?」


「そうそうその方です」


 ダーシーさんは一瞬黙り込んだ後、「それなら先ほど見かけました。お連れしましょうか?」と笑顔で言います。

 まさかそんなことを言われると思っていなかった私は動揺し、彼女を数秒間まじまじと見つめてしまいました。だって――。


 ダーシーさん。あなた、公爵令嬢派ではなかったのですか。


 喉元まで出かかった質問をグッと飲み込みます。

 周囲には人目が完全にないわけではありません。数人の男子生徒がこちらへふらふらとやって来るのが見えます。こんな状況では、ダーシーさんも言いづらいでしょう。


「……ありがとうございます。では案内、よろしくお願いします」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「着きましたよ、聖女様」


 そう言ってダーシーさんが足を止めたのは川の前でした。

 川幅が狭く、流れはかなり激しいです。周囲は一面の雑木林。そして川のほとりに、三人ほどの令嬢が佇んでいます。


「……? ダーシーさん、私、アルデートさんの元に行きたいって言ったんです。この方たちとは全く面識がなくて」


「ごめんなさい聖女様。こうするしかなかったんです」


「え?」


 ダーシーさんは耳元でそっと謝罪を囁くと、そのまま私から離れて行ってしまいます。

 代わりに私を取り囲んだのは令嬢三人衆。嫌な予感がします。というか、嫌な予感しかしません。


 ああ、迂闊でした。ここ数ヶ月全く口をきいてくれなかったダーシーさんが急に声をかけてきた時点で警戒すべきだったのです。アルデートさんを探すことで頭がいっぱいで、まるで気づかなかった自分を恨みました。


「ようこそおいでくださいました、聖女サオトメ・ヒジリ様」


「あなたたちは誰なんです」


「王太子殿下の寵愛を独り占めし、タレンティド公爵令嬢を蔑ろにする女など、聖女として認めることはできかねます。聖女はもっと高潔で美しく、清らかな存在であらねばならない。そうでしょう?」


 そういえばこの令嬢たちの顔も見たことがありました。

 セルロッティさんと一緒に群れて歩いていた集団。はっきり言って取り巻きです。取り巻き令嬢からの嫌がらせ……どこまでもテンプレな展開。ですが、


「本気で私を亡き者にしようというわけですか」


「ええ。タレンティド公爵令嬢は寛大だからお許しになっているけれど、皆がそうだとは思わないことね。覚悟なさい」


 ジリジリと川べりに追い詰められていく私。

 もう後がありません。ぎゅっと固く目を閉じました。


「さようなら――わたしたちではなく、己の愚かな行為を悔やむことですわ」


「うっ」


 ドボン。


 殴られたのか、胸に強い衝撃を受けた直後、天地が逆転して私は頭から水面に突っ込んでいました。

 息が詰まり、口の中にすごい勢いで水が入ってきます。浮き沈みしながら猛スピードで流されていく体。水面越しに眺める令嬢たちの姿はどんどん遠くなります。


 ――これはさすがにダメかも知れない。

 冷たい水の感触に埋もれながらぼんやりと考えたのとほぼ同時に、私は意識を失ったのでした。

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