147:ギスギスした昼食
魔獣を全滅させてしまったのでそれ以上森に滞在する理由を失った私たちは、出発してから一時間と経たないうちに辺境伯邸付近へと戻ってきました。
さすが貴族とだけあって顔には出していませんが不平不満の声が今にも聞こえてきそうです。教師たちは皆戸惑い、魔獣討伐に代わる野外魔法実習方法を相談し始めます。
残された生徒たちはそれぞれクラスに分かれて昼食をいただくことになりました。
クラスごとに分けられるということはつまり、アルデートさんと別行動になるわけで、私は孤立して無言の食事を余儀なくされます。
そんな私をジロジロと無遠慮に見つめてくる視線たち。そしてヒソヒソと囁き合う声が聞こえてきました。
「何なのでしょうあの聖女。確かに力は認めますよ。認めますけど……タレンティド公爵令嬢への侮辱ですよ」
「本当です」「許せません」
私が本気になればもしかするとセルロッティさんをあっという間に倒せてしまうのかも知れないのですが、彼女らはそのことまで考えが及ばないのでしょうか。
もっとも、いくら魔獣を倒せても邪悪なものではない人間に対して私ができることはせいぜい自分に近づけないようにするくらいなのですが。
そう考えていたちょうどその時でした。
「ねぇ、サオトメ嬢の行動はともかくさ、あの聖魔法の凄さは確かなことだと思うよ。人間性と実力は別に考えるべきじゃない?」
それまで――それこそ私との決別を口にしてから一度もどんな争いにも一切口出しをしてこなかったエマさんが、初めて口を開いたのです。
しかもそれは私を庇護するような内容で、私は驚いて思わずエマさんを凝視してしまったくらいです。
「……モンデラグ男爵令嬢。貴女、聖女派なのですか?」
「別に聖女派ってわけじゃ、ないけどさ。でもやっぱりサオトメ嬢は間違いなくこの国の聖女なわけでしょ。そんな人を悪く言ってこの先いいことがあると思ってるの? あたしはそうは思わない」
「――恥を知りなさい」
エマさんに問いかけた令嬢――名前はよく知りません――が吐き捨てるようにそう言った後、大変なことになりました。
彼女の言葉をきっかけとして聖女派と中立派、公爵令嬢派が直接的に対立し、他のクラスの生徒が少し離れたところで食事をしているのも構わずに口論を交わし始めたのです。
しかもそれだけでは留まらず、中等クラス生までやって来て対立は激化。それをただ見ていることしかできない私は、ただただ気まずいばかりでした。
ギスギスした空気のせいでせっかくの昼食の味もよくわかりません。
そしてさらに、最悪の事態が訪れました。
「キミたち、一体何をやっているんだい。ボクの前で醜い争いはしないでほしいのだけど」
声がした時すぐに逃げようとしたのですが、遅過ぎました。
口論を交わす令嬢と肩身が狭そうにしている令息の間を分け入って現れたその人物は、燃え盛る赤髪にエメラルドの瞳の人物。彼――エムリオ様が一言発しただけでその場は凍りついたように静かになり、誰も何も言えなくなってしまったのです。
しかもエムリオ様は何のつもりなのか私の前までやって来ると、にこりと微笑み。
「ヒジリ、どうやら大変なことになっているようだけど、もう大丈夫だ。今度こそキミのことはボクが守るから」
もう最悪です。
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いらないんですよ格好つけたセリフは。それより婚約者を大事にしてください、とは言えませんでした。
――アルデートさん、早く来てください。
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