140:浮気対策キャンペーンですわ! ――セルロッティ視点――
……気が狂いそうなほどに腹立たしい。
アタクシは扇子で隠した口元を思い切り歪ませ、エムリオに言われた言葉を思い返しておりましたわ。
『キミはいつから、そんな人間になったんだい』
冷めた目で、冷たい声で。
心底失望したと言いたげなその言葉に、アタクシの胸がどれほど痛んだことかわかりません。
アタクシは今まで、王太子妃として相応しくあるよう努力を重ねてきた。これは実際多くの者が知っているし認めているはずですわ。アタクシは世界で一番恵まれた女。その、はずなのに。
どうしてあんな聖女にアタクシが劣るというんですの?
アタクシの何が足りませんの? 一体どうしたらエムリオの心を惹きつけることができますの?
あの聖女は何もやっていない。
ただ巨きな乳を見せびらかし、泣き真似をする意外には何もしていないというのに。
聖女が憎い。悔しくて苦しくて、どうにかなってしまいそうですわ。
エムリオはアタクシの唯一。決して失いたくないたった一つの光。それを奪われればアタクシは、生きている意味がないと言っても過言ではないでしょう。
――嫌。
――離れないで。アタクシを見て。あんな女を見つめないで。浮気なんてなさらないでちょうだい。アタクシはあなたを心から愛している。愛していますのよ。
しかしエムリオの厳しい顔を前に、そんなことは言えなくなってしまい、どんどんあの泥棒猫への怒りは募っていくばかり。
聖女の悪い噂を流しても、転ばせてやっても何をしてもアタクシの心は一向に晴れなくて。そしてとうとう耐えられなくなり、ある日、アタクシは決めたんですの。
愚かな聖女を……サオトメ・ヒジリをこの王立学園から追放して差し上げることを。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アタクシはアタクシの力を持って彼女を排除する。
そうと決まれば早速行動に移すのみですわ。『多忙』のために会長代理を務める生徒会で、アタクシは口を開きました。
「近年、生徒の浮気が増えているようですわね。
浮気というのは貴族にあるまじき行為ですわ。ですから、この生徒会で何とかいたしましょう」
実はエムリオだけではなく、確実にここ数年で貴族――特に学生たちの浮気は増えて来ているんですの。
『真実の愛』だとか言って婚約解消したり、何かしらの冤罪で婚約破棄したり、そんな情けない御令息がたくさん。昨年など、某侯爵令息が伯爵令嬢と破談になったのが令嬢たちの中でたいそう噂になっていたのを覚えておりますわ。
それを見かねていた人物も少なからずいるはず。そのアタクシの予想通りに生徒会のメンバー一同はすぐに頷いてくださいましたわ。
でもただ一人、厄介な奴がおりましたの。
「生徒会が厳しい浮気対策を行うのには同意だが、どうして今時期に?」
疑い深い目を向けて来るのは、アタクシの腐れ縁であるビューマン伯爵令息アルデート。
この男はアタクシが最も苦手とする相手。きっとアタクシが聖女を嫌い、この提案をしていることもお見通しなのでしょう。そしてこいつは間違いなく聖女の味方をするでしょう。
ですからアタクシは彼を睨みつけながら、反論の余地を与えぬために畳み掛けるように言ってやりましたの。
「今時期に、というのには別に理由はありませんわ! それで罰則ですけれど、浮気相手の処罰など如何でしょう?」
「浮気相手に罰則か。それはどうして?」
「大抵は婚約者持ちの御令息の心を虜にするのは、相手側の方ですわ。過去には『魅了の石』とやらを用いたという事例もあると聞きました。ですから、浮気をさせる側が悪なのですわ」
もちろんこんな言い分が誤っていることくらい、アタクシだってわかっておりますわ。
これはただ、聖女を追い出し、エムリオを引き留めたいがためのわがまま。しかし今ばかりはわがままを言うことに躊躇はありません。
それに生徒会にはアタクシの味方の方がずっと多いのですもの。楽勝ですわ。
しばらくアルデートと論争を行いましたけれど、結局、彼を除く生徒会の総意で浮気相手の罰則は『退学処分』に決定しましたわ。
そして生徒たちには浮気のところを目撃して報告させるよう、『浮気キャンペーン』を始めることにいたしましたの。
浮気を暴露した者に少々の褒美を与えるのですわ。これで今度こそ、聖女に逃げ道はありませんわね。
覚悟なさい、聖女。エムリオを弄んだ罪は決して軽くないと、その身を持って知るがいいですわ。
今更足掻いても全て無駄。数日後にはきっと退学処分されるでしょう――。
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