137:公爵令嬢との交渉
ポルルク伯爵家……これも初耳です。
少なくとも下等クラスの中には、ポルルク伯爵令嬢あるいは令息はいませんでした。相変わらず話に置いてきぼりになってしまう私をよそに、アルデートさんは続けます。
「実はビューマン伯爵家にポルルク伯爵家から事業提携の話が来ましてね。前の事業が転けたから、娘を差し出す代わりに協力してくれないかと。でもポルルク伯爵令嬢――長女のメリ嬢はすでに婚約者がいますし、次女のユリ嬢はいささか幼い。ので、断らせていただいたのです」
「……それで」
「セデルー公爵令嬢はポルルク伯爵令息と婚約をしていらっしゃる。しかし公爵家としては、没落寸前の伯爵家など切り捨てたいことでしょう。ではなぜそうしていないか? あなたがそれを望まないからではないのですか」
ミランダさんは渋い顔をし、答えません。おそらく図星だったのだと思います。
私はここに来てようやく、アルデートさんの言わんとしていることを理解しました。家の事情で想い人と別れなくてはならない状況に陥っているミランダさん、彼女を支援する代わりに協力を取り付けようというわけでしょう。私一人では絶対に思いつかない交渉の切り札でした。
「わかりました。もしもビューマン伯爵家が資金援助してくださるならば、この話を考えないわけではありません。
それでも危険を考えれば、まだ話に乗るとは言いづらい条件です。ビューマン令息だけではなく、ぜひ聖女様にお聞きしたいものですね」
アルデートさんの出した条件は強力だったようですが、それでもまだ足りないようです。
中立派からタレンティド公爵家に明らかに対立する立場に移るのは、それだけハイリスクなのでしょう。でも貴族社会の情勢を全く知らない私には、彼女の欲しい物なんてやはりわからないのです。
考えに考え、そして、私の出した答えは。
「じゃあ……私の聖魔法で、お手伝いさせていただきます」
「と言うと?」
「怪我人を癒すこともできますし毒を抜いたりもできます。それに私、お風呂が作れるんです。多分うまくやればそれなりに稼げると思います。
卒業後、私がミランダさんのお家に伺って聖女として無償で働かせていただきます。これで、どうですか?」
しばらくの気まずい沈黙が、場を包みました。
ダメだった? ダメだったのでしょう。もしかすると呆れられているのかも。なら他に提示できる条件は? そんなのはありません。どうしよう交渉失敗したかも知れない……。
そんな風に考えていた私は、ミランダさんの声でハッと我に返りました。
「わかりました。その条件、悪くはありません」
「……そのお言葉、交渉成立と捉えても?」
「いいえ。今から父に手紙を出して確認します。仮にも家同士の契約になりますから、きちんと書類を作成しないといけないでしょう?」
……驚きました。
今の口ぶりでは、ミランダさんは乗り気のようです。自分で交渉材料を出しておきながら全く自信のなかった私は意外過ぎて声も出ませんでした。
「よろしくお願いします。良いお返事を期待していますよ」
「ちなみに、ビューマン卿はこのお話をご存知なのですか?」
「完全に俺の独断です。次期当主として学園での社交は全部任されていますからご心配なさらず」
「……そうですか。サオトメ様、ビューマン伯爵令息、失礼します。また明日にでもここでお会いできますか?」
「もちろんです」
「では、ごきげんよう」
そのままミランダさんは私たちに背を向け、部屋を出て行ってしまいます。その歩き姿はどこまでも美しく洗練されており、思わず見惚れているうちに彼女の姿は見えなくなりました。
そうして気づけば空き教室に残されたのは、私とアルデートさんの二人だけ。
最後まで蚊帳の外だった感が否めませんが、どうやら交渉は無事終わったようです。
「……でも結局、最後までアルデートさんに任せきりでしたね。すみません、私が情けないばっかりに」
「そんなことはない。君がやれることは全部やっただろう。後はセデルー公爵がどう言うか次第だな」
「そうですね」
本当にこれで大丈夫なのか、疑問は尽きません。
でもこのことばかりは考えても仕方がありません。きっとうまくいくと信じることにしました。
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