136:もう一人の公爵令嬢
放課後までの時間をなんとかやり過ごし、やって来たのはいつもエムリオ様に勉強を教えてもらっていた空き教室。
今日はそこにアルデートさんの姿があり、私を待っていました。
「今から君にはある人物と交渉してほしい」
「……交渉? 作戦会議じゃないんですか」
「そのための交渉だ。実はもう呼んである。……出て来てくださって構いませんよ」
「――!」
私は驚愕し、息を呑みました。
なぜならアルデートさんが背後の教壇の方へ呼びかけた直後、そこから蠢く人影が現れたからです。
そして、声を出せないで固まる私に、その人物は優雅なカーテシーを見せて名乗りました。
「私、ミランダと申します。覚えていらっしゃらないとは存じますが、『召喚の儀』にお会いした以来ですね」
こちらへまっすぐ視線を向けて来るのは、濃い緑色の髪を頭上でお団子にまとめた少女でした。
凛々しいトパーズ色の瞳が印象的で、凛々しい印象を受けます。ドレスを着ているので令嬢なのでしょうが、たおやか系な箱入りお嬢様ではないことはすぐにわかりました。
「あ、あなたは……」
「ああ、私としたことが、家名を名乗り忘れていましたね。ミランダ・セデルー。セデルー公爵家の娘です。学年としては聖女様より一つ下の二年生になります」
セデルー公爵家なんて聞いたこともありません。
彼女の口ぶりからしてどうやら王城の広間で一度顔を合わせているようですが、何しろあの時の私は色々と混乱していましたからちっとも覚えていません。実質これが初めて会うと言った方がいいでしょう。
これが私の交渉相手なのでしょうか。一体何を交渉すればいいのか、さっぱりなのですが……。
「すみません。覚えてないです。
……改めて初めまして。私はサオトメ・ヒジリです。サオトメが苗字でヒジリが名前です。それでミランダさん、どうしてここに?」
そう問いかけると、一瞬だけですがミランダさんが眉を顰めました。
何か不快な質問だったのかも知れません。すぐに謝ろうとしましたがその隙を与えず、ミランダさんは言います。
「ビューマン伯爵令息にお誘いされてここへやって来ました。ご用件はタレンティド公爵令嬢についてのこと、と伺いましたが」
「それはわかってるんですけど……アルデートさん、どういうことなんです?」
私の質問にアルデートさんは呆れ顔で、それでもしっかりと答えてくれました。
「それくらい自分で考えろと言いたいところだが……。つまりな、これから君はセデルー公爵令嬢に協力を取り付けるんだ。できなかったら俺たちに勝ち目はないぞ」
「セルロッティさんの実家であるタレンティド公爵家ほどではないにしろ、セデルー公爵家と言うのもそれなりに力があり、まともに張り合えるから味方につけようということですね」
「赤裸々に言い過ぎだ」
ますますアルデートさんを呆れさせてしまいました。確かにこれではまるで交渉にならないことに気づき、私は慌てて取り繕おうとします。
が、そんなことは不要だとばかりにミランダさんが頷き、そしてこんなことを言い出したのです。
「あなた方が言いたいことはわかりました。では問いますが私がそちらの味方についたとして、何の利益を得られるというのです?
交渉というからには、こちら側の利益を提示していただきましょうか。聖女サオトメ様、あなたにそれができまして?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこから始まったのはまるで商談でした。
領地はやや小さいものの、タレンティド公爵家と並んで二大公爵家の一つであり過去には王妃を輩出したこともある名家セデルー家。
その力を借りる代わり、私の方からは何か対価を出さなければならないといいます。
貴族社会ではこれが普通なのでしょう。しかしいきなりこれはハードルが高過ぎました。
できればアルデートさんに交渉を任せたい。しかしこれは私の問題なのです。ここで頑張らなければと自分を律し、恐る恐る問いかけてみました。
「ミランダさんは何か欲しいものがあったりするんですか?」
「……交渉相手にそれを直接訊くのは得策ではありませんよ、サオトメ様。
タレンティド公爵家を敵に回すというのでしたら、相応の価値のあるものではないといけません。私の求むものを理解し、提示する。それができるのなら私は危ない橋を渡ってでもあなたに協力すると誓いましょう」
そう言われ、黙り込むしかありません。
何しろ私とミランダさんはこれで初対面なのです。彼女の欲しい物なんて私にわかるはずがありません。有名人ならまだしも、学年が違ったせいかミランダさんの噂なんて一つも聞きませんでしたし。
万事休す。……かと思いきや、その時でした。
「そういえばセデルー公爵家とポルルク伯爵家の共同事業が危ういと聞きましたが、お力をお貸ししましょうか?」
「――どこでその話を」
アルデートさんの一言で、ミランダさんの表情が険しくなります。
形勢が変わった。事情が呑み込めない私でもはっきりわかるほどの変化でした。
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