135:放っておくなんてできない ――アルデート視点――
俺は人が良さ過ぎるとよく言われる。
本当に王になって大丈夫なのか?と疑いたくなる王太子殿下に比べればマシだと自分では思うが、よく考えてみればそうなのかも知れない。
現に今も、聖女のためにタレンティド公爵令嬢に喧嘩を売ろうとしているのだから。
もちろんとても無謀な行為だし、ビューマン伯爵家にも迷惑がかかるだろうことはわかっている。
それでもどうしても彼女を放っておけなかったのだ。
「きっと彼女のああいうところが王太子殿下を惹きつけたんだろうな……」
俺のような独り者はともかくとして、婚約者がいるにも関わらず別の女性と親しくするのは本来ご法度だ。しかしそれでも助けてやりたくなるようなところが彼女――サオトメ・ヒジリにはある。
泣きじゃくっている幼子を見殺しにできない、そんな気持ちにさせられるのだった。
聖女の噂が色々と聞こえるようになったのは、一月ほど前からだ。
曰く、大勢の男に媚を売っている。曰く、王太子殿下といかがわしい関係になっている。曰く、陰で暴言を吐いている。曰く、聖女の力を笠に暴力で取り巻きを作った。――故に、聖女は稀代の悪女である。
この話が耳に入った時、俺は「そんな馬鹿な」と思ったものだ。
以前会った彼女の人間像とは別物過ぎた。だが、悪意の噂が立つ時、それには何かしら理由があるはずだ。身分が下の者はたとえ噂という形であっても聖女を貶めれば罰則が加えられてもおかしくない。危険を冒して聖女の悪評を流す理由がわからなかった。
しかしその答えが明らかになったのはそれからすぐのこと。王太子殿下が空き教室で聖女と二人で過ごしている――その話を耳にし、そして俺も事実この目で確認した。
話は本当だった。
その時、俺の中で全てがつながった。
ああそうか、最近タレンティド公爵令嬢の機嫌が悪いのはこれが原因だったのか、と。
タレンティド公爵令嬢と俺は、親の関係でそれなりに幼い頃からの付き合いがある。
だが仲がいいかと言われれば否定せざるを得ない。初めての顔合わせの時からタレンティド公爵令嬢は、「無礼な男ですわね」と言って俺を嫌ったのだ。
確かに俺は彼女と違って堅苦しい言葉遣いや作法はしない。
公の場では気をつけるが、母がカサンドル国の平民の出のせいもあって普段はあまり礼節にこだわらないで過ごしている。
特に幼少期はそれが顕著で、今考えてみれば無礼な言動を繰り返していた。俺とは対照的に極端に厳しく躾けられたタレンティド公爵令嬢にとっては許せなかったのかも知れない。
それ以来、「もう少しマナーに気を遣ってはいかが?」とか細かいことをネチネチと言われるようになり、負けじと俺も彼女を徹底的に揶揄い倒したりしたので、なんとも言えない微妙な関係になってしまった。
所詮、腐れ縁である。
それが最近、特に当たりがきつくなっていたので不審には思っていた。だがまさか王太子殿下が浮気をしていたからだったとは……。
すぐにタレンティド公爵令嬢を嗜めに行こうと思ったが、悪いのは王太子殿下だ。それにこの件ばかりは俺が口を挟んでいいようなものではない。
そう思って静観していた。しかし今日、聖女が学園を脱走したと聞いて黙ってはいられなくなってしまった。
橋の上で泣いていた聖女の追い詰められた心の内を聞けばなおさら。
見て見ぬふりなんて、もうできなかった。
だから俺はタレンティド公爵令嬢と戦おうと決めた。
理不尽に虐げられる聖女を救うために。そして、愛する王太子殿下の心を掴めずに苦しむタレンティド公爵令嬢のためにも――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
が、そんな風に格好をつけても、俺一人では正直どうにもならない。
そこで俺は思いついた。強力な助っ人に頼ろう、と。
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