134:悪役令嬢と戦うために
「君はハンカチが何枚あっても足りないな。淑女ならいざという時に涙を見せて武器にするからいやらしい感じがするが、君のは純粋な涙そのものに見える。だからこそ令嬢たちに嫌厭されるのかも知れないが」
「私、弱虫なので。……それにしても異世界に来てからは特に泣き過ぎな気がしますけど。それだけ世界が過酷ってことですかね」
アルデートさんからもらったハンカチでもう一度顔を拭って、私は顔を上げました。
もしも本気でセルロッティさんに抗うのだとしたら、こんな豆腐メンタルではいけません。心を強く持つことが一番なのですから。
それができるかどうか、自信はありませんが。
私とアルデートさんは橋の上に腰掛け、しばらく話をしていました。
午後の授業にはとっくに始まってしまっているでしょう。でもそんなことは構いません。
何より今は戻りたくない気分でしたし。
「質問していいですか。具体的に、これから私はどうすればいいんでしょうか」
「そんなことも自分でわからないのか」
「……わかっていたらもうやってますよ」
セルロッティさんと戦うなんて言っても、彼女に勝てる道筋が私には全くわかりません。
実力でねじ伏せる? できるかも知れませんが、そんなことをしたら国を追い出されてもおかしくないでしょう。
それ以外の方法では、全部権力が邪魔をします。聖女と言っても権力はゼロですから、令嬢に敵うはずがないのは身をもって知っています。
頭を悩ませる私に、アルデートさんは言いました。
「証拠不十分で訴えを却られたんだろう? それなら、証拠を出せばいいだけの話だ」
「どうしてそれをアルデートさんが知ってるんです?」
「知っていて当然だ。噂になっているからな」
「そんなことまで……」
でもよく考えてみればあの道中にセルロッティさんに会ったのでした。噂になっていて当然ですよね。
ともかく、
「証拠を出すって言っても、どうやってです? 私、破れた教科書を持って行きましたがダメでしたよ?」
「そんなのは自作自演もできる。君を疑っているわけじゃないが、可能性としては十分考えられる話だ。必要なのは、多くの人物の証言、そしてタレンティド公爵令嬢が君に手を下したという物的証拠だ」
物的証拠。
指紋が取れるならまだしもこの世界の技術でそこまで発達しているように思えませんし、私は指紋の取り方なんて知りません。直接的な目撃情報はおそらくセルロッティさんがうまく隠しているでしょう。
「力づくでやる以外に方法が思いつかないですけど」
「一応聞いておくが、聖魔法には声や映像を残す魔法はないのか?」
「ビデオカメラみたいなことですか? 少なくとも私が使いこなせる中では知らないですね……」
「そうか。なら地道にやるしかないな。
そうだ、さっき『殺される』と言っていたが、あれはどうしてなんだ? 急に門をぶち破って飛び出した理由もよくわからない」
「脅迫状が届いたんですよ。
『殺してやる』って。血文字のように見えましたが、よく考えてみると赤いスープか何かの汁で書いたのかも知れません」
「……下品な嫌がらせだな。おそらくそれはタレンティド公爵令嬢じゃない誰かの悪ふざけだろうと思うぞ」
「どうしてそう言えるんですか。明日には私、本当に殺されてるかも知れないんですよ?」
「学園の中で殺傷沙汰はあり得ない。複数の魔術がかけられているおかげで、人死にが出ないようになっているからな。だから殺すには学園の外に誘き出す必要がある。君が橋の上で寝転がっていて無事だったところを見るに、本気じゃないだろう」
安心すると同時に、背筋に冷たいものが走ります。
学園から逃げ出せば大丈夫だろうと思っていましたが、実はそれが真逆だったとは。相手が本気だったら今頃間違いなく死んでいたということです。
想像するだけで恐ろしくなりました。それに比べ、みっともない泣き顔をアルデートさんに見られただけで済んだのは幸運だったのかも知れません。
「安心はしました。でも、だからと言って悠長に構えていることもできませんし……」
「実は俺に一つ案がある。うまくいくかどうかはわからないが」
「何ですか、その案って」
急に、希望のあることを言い出したアルデートさん。
私は思わず身を乗り出しました。こういう時に出される案は、大体成功への近道だと決まっているからです。
しかし、
「これ以上ここに長居すると怪しまれる可能性が高い。それはできれば避けたいから、とりあえず戻るとしよう」
思わせぶりなことだけ言って、彼は立ち上がってしまったのです。
「待ってください」と引き止めようとする私を振り返って、彼は言いました。
「今日は王太子殿下と会う予定はあるのか。ないなら、例の空き教室に来てほしい。そこで話そう」
「あっ、ちょっと……!」
やはりアルデートさんは意地悪です。
女の子を一人取り残してさっさと行ってしまうなんて。やはり手を取らなければ良かったかも知れないと、私は少し後悔したのでした。
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