133:泣き虫聖女と伯爵令息②
「そんな泣き虫な君が悪女? そんなわけがない。君はどこにでもいる普通の女の子だ。そんなの、会ってちょっと話せばわかることだろうに」
普通の女の子という評価が、多分この世界に来て一番欲しかった言葉が聞けて、私の涙はもはや荒ぶる滝と化してしまいます。
そう。そうでした。私は普通の女の子だったんです。なのに聖女だの悪女だの言われて、もてはやされ貶され。
普通の女の子に戻りたかった。でも戻れなかった。この貴族だらけの学園に溶け込もうといくら頑張ってもダメで。
多分それが一番辛かったのだと、ようやくわかった気がしました。
アルデートさんの言葉は続きます。
「そもそも王太子殿下が悪いんだろう。あの方は優しさが過ぎる。婚約者がいる身でありながら君に傾倒するなんて、どうかしているとしか言えない。最近は生徒会にもめっきり来ないんだ」
そういえばセルロッティさんもそんなことを言っていましたっけ。
恋は盲目と言いますが王子様が全ての責任を放棄したらいけないことくらい、あの人はわからないのでしょうか。わかっていて、やっているのでしょうか。
どちらにせよ、周囲に迷惑なことは変わりありませんが。
「君は王太子殿下のことをどう思っているんだ」
唐突な問いかけ。
しかし私は、意外にも慌てふためくことはありません。もうすっかり心が決まっていたからでしょう。すんなり本音が口をついて出ました。
「エムリオ様のことは好きです。……いいえ、好きでした。
どこまでも優しく、甘やかしてくれる彼が。きっと白馬が似合うだろうなぁっていう感じのTHE・王子様なあの人が。
でもこんな恋が無意味なことくらい、わかってます。だって私は異世界の人間、いわば異分子なわけでしょう。しかもエムリオ様には、きちんと愛してくれるお相手がいる。
殺されるんです、私。当然ですよね。何度も忠告されていたのに無視したのは私なんですから。
エムリオ様に言ったら、多分全てが解決します。なんならいじめっ子たちを処刑することもできるはずです。
でも彼には頼りたくない。これ以上、『私を守る』ということに依存させちゃいけないんです。そうすればきっともう、もっとダメなことになるでしょう。
だからいっそ、潔く殺された方がいいって思ってたんですよ。私さえいなくなればこの学園には平和が戻るのでしょうし、それに死んだら元の世界に帰れるかな、なんて……。でもそれはただの強がりで、本当は怖くて怖くて仕方ないのを必死に我慢してました。私、悪女じゃないんですっ。悪口を言われても噴水に落とされても転かされても殺されそうになっても! 何もできないでウジウジグダグダ言い続けるだけしかできないんです……」
私は必死で言葉を紡ぎ、ポロポロと涙を零しました。
この地獄から引っ張り上げてほしい。そんな風に思っている自分が嫌で嫌でしょうがなくて、消えてしまいたくなるのです。
「無礼を承知で一言言っていいか」
「……どうぞ」
「馬鹿だな」
端的過ぎる罵倒に、硬直してしまいました。
わかりますよ? 私が馬鹿なことくらい。しかしそれを人から直接言われるとは思わなくて。
「君は公爵と同等の地位を与えられている。下等クラスであっても、公爵家ともまともに張り合えるほどの力があるんだぞ。
もちろん君なら戦わないで逃げるという選択肢を選ぶだろうことはわかる。だがそこまで追い詰められているのなら、戦うしかないだろう。
君に死なれたとなっちゃ大きな損失を受けるのは王国なんだ。王国を守るべき貴族として見逃せる話じゃない。
……仕方ない、少し立場は悪くなるが元々この世界に君を招いてしまったのは俺なんだ、力を貸そう」
「人のことを馬鹿呼ばわりしておいて、都合のいいことを言うんですね……。そんなこと言っても、無駄、ですから」
「じゃあ訊くが、一人でなんとかできるのか? このまま戻ったとして、どれくらいの時間耐えられるんだ?
タレンティド公爵令嬢はきっと君を許さないぞ。……まあ彼女なら直接的な暗殺は行わないとは思うが、適当な理由で学園を追放されてもおかしくない。それでもいいのならいいが」
私には言い返す言葉が何もありません。
きっとアルデートさんを頼るのが一番なのでしょう。それはわかってしまっています。
でも。
もしも、アルデートさんに裏切られるようなことがあったらと思うと怖くて、その手を取れない。
アルデートさんの家は伯爵家です。すぐに潰されるかも知れません。私はいくら公爵家レベルの身分とはいえ権力を持っていません。そんな二人が共謀したところで、セルロッティさんに勝てる図が見えないのです。
「無理ですよ」
「潰されるならそれまでだ」
「本気なんですか」
彼は頷き、私の手を取りました。
もはや私はその手を払い除けることができません。泣き笑いになって、言いました。
「どうなっても知りませんよ……本当に」
そして私は、やはり他人に頼ることしかできない自分が情けなくなるのでした。
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