128:証拠不十分
「ボクにできることがあれば何でも言ってほしい。キミの力になりたいんだ」
そう言って、私の手を取ろうとするエムリオ様。
思わず手を伸ばして縋りつきたくなってしまう心と、真逆に彼を突き飛ばして逃げたしたくなる衝動。
その二つに同時に苛まれ、私は一体どちらを選ぶべきかと迫られます。
私は、私たちは今、浮気をしているのです。
きっと周囲にバレたら大問題になるでしょう。たとえこちらにその気がなくても、エムリオ様に「愛している」とまで言わせたのですから、これはもう立派な浮気なのです。
だから――。
「もう、やめましょう。
エムリオ様の気持ちはわかりました。その気持ちに応えてあげられなくてごめんなさい。
この問題は私の方で解決します。元より、悪いのはエムリオ様に甘えていた私なわけですしね。
私のことは忘れてください。きっとなんとかしますから」
「いいやダメだ。キミはいつどんな危害を加えられるかわからない。ロッティがそんなことをしないと思いたいけど……。ボクと一緒に訴えに行こう。そうすれば皆聞き入れてくれるはずさ。これでも一応、ボクは王太子だからね」
「でもそれじゃあエムリオ様の不貞行為が明らかになってしまいますよ」
「…………」
エムリオ様の顔が歪み、ほんの少し長身が震えたのを私は見逃しませんでした。
きっとエムリオ様だって自覚しているはず。その上で苦悩しているのでしょう。
これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいきません。私一人でどうにかこの状況を打破しなければならないのです。
「じゃあ、行きますね。学園長先生にでも少し話してこようと思います」
私はエムリオ様にそう言って、一人歩き出します。
もしもこれでも追って来たらビンタの一つでもしてやろうかと考えていましたが幸いそんなことはなく、エムリオ様はショックで呆然と立ち尽くしていました。
私の姿が見えなくなるまでこちらをじっと見つめていた彼がなんだか哀れになってしまって、私は罪悪感に泣きそうになったのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お久しぶりですわね、『裸の聖女』様。あらあら、そんなに急いでどうなさったのかしら?」
「うぺっ」
学園長室へ小走りで向かっていた時、そんな声と共に足を引っ掛けられて地面に全身を打ち付けました。
もしも受け身が取れていなかったら顎を強打して歯の一本でも折れていたでしょう。いくら身長が私より高いとはいえ、女性の威力とは思えない強さで転ばされましたから。
顔を上げるまでもなくわかっています。早速、セルロッティさんが妨害しに来たのです。
彼女はわざとらしく「ごめんなさい。足が引っかかってしまいましたわ」と言ってクスクス笑っています。本当に最低な人です。
「……学園長のところに行くんです。いじめられて黙っているだけなんて、馬鹿みたいでしょう」
「ふっ。身分を弁えないからそうなりますのよ。貴族社会のルールも学ばずこの学園に来るとは、愚かですわねぇ」
「なら正々堂々批判すれば、いいじゃないですか。こんな姑息な手を使って。お嬢様として恥ずかしくないんですか。貴族の矜持とかなんとか、ないんですか」
よろよろと立ち上がりながら放った私の言葉に、セルロッティさんは不快げに形のいい眉を寄せ、「ふん」と鼻を鳴らします。
「悔しいなら訴えでも何でもするとよろしいですわ。証拠も持たぬ愚か者がアタクシに勝てるのなら、ですけれど。
アタクシ、これでも生徒会長代理ですの。本当の生徒会長はエムリオですけれど、あの方、最近お忙しくいらっしゃいますのよ。聖女様のお勉強会に付き合わなくてはなりませんものね。……アタクシと昼食さえ一緒に過ごしてくださらないくせに。
とにかく、生徒会長代理にして公爵家長女のアタクシに勝る者などおりませんわ。たとえそれが異界より招かれた聖女だったとしても」
セルロッティさんの言い分は、多分正しいのだと思います。
身分差社会なんてそんなもの。弱き者が強き者に抗ってもひどい目を見るだけ。
それがわかっていても私は、セルロッティさんに負けたくなかった。だから彼女を振り切り、学園長室に行って――。
そして証拠不十分として訴えを退けられてしまいました。
その時になって私は、ようやく気づいたのです。
貴族の身分は高い方から公、侯、伯、子、男。学園長のジュラー侯爵様より、タレンティド公爵令嬢の方が権力を持っているということに。
だから切り裂かれた教科書を見せる程度では認めてくれない。結局のところ、現場証拠でもない限りは無理だということでした。
こんなのおかしい。
おかしいのに、誰に訴えてもダメ。
なら私はこの学園を卒業するまで、ずっと孤独に過ごさなければならないということなのでしょうか。
エムリオ様に頼ればいじめはもっとひどくなるでしょう。かと言って一人きりで抗ってもいい未来は見えないなんて。
セルロッティさんの高笑いする声が聞こえました。
「ほら、言った通りでしょう? 愚かですわね、本当に」
面白い! 続きを読みたい! など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。
ご意見ご感想、お待ちしております!