127:イケメン王子は役立たず
「昨日は会えなくてごめん。……なんだか元気がなさそうに見えるけど、どうしたんだい?」
悪夢を見てうなされ続けた翌朝。
いつものように寮を抜け出た私は、男子寮と女子寮を挟む柵越しにエムリオ様と話していました。
そりゃあ気づかれますよね。
目の下の隈はひどいですし、誰がどう見ても寝不足な上、泣いた跡が隠せていません。
我ながらなんとも惨めな姿をしていると思います。それでも、ここに来ずにはいられなかったのでした。
「質問に質問を返すようですが、エムリオ様、その後、セルロッティさんはどうですか」
私は震える声で訊きます。
エムリオ様は一瞬首を傾げた後にすぐ意味を理解したのか「ああ」と言って、
「ロッティにならそれとなく注意しておいたけど……。何かされたんだね」
私の手をそっと握りしめてくれました。
それだけで私の中からはなんとも言えない力が湧いてきて、あったことを話す勇気が出たのです。
「別に、確証はありません。でもわかるんです。
今までは静観していたみたいなんですけど、なぜか昨日から。まず最初は無視でした。それと教科書が破られていたり、悪口を言われたりして……」
「そうか。それは、辛かったね」
甘く蕩けてしまいそうな声でした。
その声は私の胸の中に染み渡り、癒してくれようとします。しかしそれに甘えていてはダメなのです。私は必死で顔を上げると、言葉を続けます。
「……でも悪いのは、私なんでしょう。わかってます、そんなこと。
エムリオ様にこうして甘えきりだからセルロッティさんに狙われるんです。彼女にとって私は邪魔者以外の何者でもないわけですから。
エムリオ様、言わせてもらっていいですか。あなたは私のことをどう思っているんですか。恋、してるんじゃないですか」
すごく、すごくずるい問いかけでした。
優しいエムリオ様だからこそ、こんな言葉には答えられない。それがわかっていて、私は質問したのですから。
随分前から気づいていました。いいえ、気づかない方がおかしいくらいです。
セルロッティさんはエムリオ様を愛している。きっと縋っていると言っても過言ではないでしょう。
ただしそれは優しさに甘える私と違って正しい感情なのです。だってセルロッティさんは――。
「セルロッティさんは、エムリオ様の婚約者なんですよね?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わかってはいました。
世界は違うとはいえ、貴族なのですから恋愛結婚をするはずがありません。
それに、学園で過ごす日々の中で婚約者というワードを聞いていました。エマさんは婚約者がいないらしいですが、それ以外のダーシーさんやハンナさん、イルゼさんは皆それぞれに婚約者がいて、よくその話をしていたのです。
だから当然、セルロッティさんにも婚約者はいるわけで。
同じくエムリオ様にも婚約者がおり、それが他ならぬセルロッティさんであることはすぐにわかりました。
だってこれ、悪役令嬢ものの定番ですし。
ヒロインがイケメン王子と近くなって、それを婚約者が妬む……ありがち過ぎる展開。まさかそれの当事者になるとは思ってもみませんでしたが。
私はエムリオ様が肯定の返事をするのを待ちます。
しかしいつまで経っても、彼は答えようとしませんでした。その代わりのように逆に質問してきます。
「キミはボクのこと……」
「わかりません。わからないんです。最初は迷惑だったはずなのに、今はありがたいとすら思ってしまっている自分がいることが。本当なら今すぐエムリオ様の前から消えた方がいい。でも」
エムリオ様に微笑まれたり手を振られたり、さらには声をかけられたりしたら、もう不可抗力以外の何者でもなくて。
もうどうしたらいいのかわからないんです。
逃げても逃げてもどこまでも追ってくるエムリオ様。ならばと縋れば背後から魔の手を伸ばしてくるセルロッティさん。
ああ、もう。
「拒絶してもダメ、受け入れてもダメ。なら私にどうしろっていうんですか。
私の質問に答えてください。あなたは私に惚れているんでしょう? なら惚れた女のお願いくらい聞いてくれてもいいでしょう。それも聞けないくせに君を守るとか軽々しく言わないでくださいよ、役立たず王子……!」
ぐちゃぐちゃになる感情のまま叫んで、しゃがみ込んで頭を抱えてしまいました。
エムリオ様は精一杯私に優しくしてくれようとしている。それがわかっているのに、こんな風に八つ当たりをする自分が嫌で仕方なくなります。
「私はあなたのことが好きになりそうで怖いんです」
「……ヒジリ。ごめん。ボクは馬鹿だ。本当に愚かだと思う。でも、どうしてもこの気持ちは抑えられないよ。ボクはキミを可愛いと思う。愛してしまったんだ。ロッティのことは大切だ。たった一人の幼馴染だからね。だけどキミのことは心から、狂おしいほどに愛しているんだよ」
真摯でまっすぐなエメラルド色の瞳は私を捉えて離しません。
そこに宿る確かな恋心を見て、私はもう、何も言えなくなってしまいました。
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