126:追い込まれていく聖女
異世界から召喚された聖女が貴族学園に入学し、王子をたぶらかして悪役令嬢を怒らせ、いじめを受ける。
この状況はまさにそれ。果たしてこの世界が小説の中の世界かどうかは知らないのですが、そうとしか思えませんでした。
「私に一体どうしろと……」
ああ、嫌です。
今すぐ帰りたい。目が覚めたらいつもの私の部屋のベッドの上で、共働きのお母さんの代わりに料理を作って弟と一緒に食べる……そんな普通の日常が戻って来たらいいのに。
そんな非現実的なことを考えながら私は、憂鬱な気分で午後の授業を受けました。
本当ならセルロッティさんに直談判したいところですが、私は彼女の居場所を知りません。
そしてきっと情報を掴んだとしても会ってくれることはないでしょう。あくまで私に対して嫌がらせを行っているのは取り巻き令嬢でしょうし。きっとセルロッティさんは無実だと言い張るだろうことはわかっています。
証拠も信頼も、私の手にはない。
それに比べて今まで実績を積み重ねてきたであろうセルロッティさんはきっと誰もを言いくるめてしまうでしょう。勝ち目なんてあるわけがありません。
「……サオトメ嬢。教科書はどうなさいました? サオトメ・ヒジリ嬢」
魔法授業の時、ベッキー先生にそう訊かれていたことに気づき、私はハッと顔を上げました。
ベッキー先生が私を怪しむような顔で見ていたので、慌てて取り繕います。
「あのぅ先生、確か先生は子爵家の出身の方でしたよね」
「ええ、そうですが。それよりこちらの質問にお答えくださいませ。教科書はどこへやったのですか」
「寮の方に忘れたみたいです。先生、ごめんなさい」
寮に置き忘れたなんていう嘘が通用したのは、幸いなことに午前の授業で教科書を使わなかったからでした。
明日にでも汚したとか紛失したとか言い訳をして借りることにしましょう。ここで真正面から訴えてもきっと何の効果もないだろうことはわかっています。
だってベッキー先生は子爵家の人。ダーシーさんと同じで、上から圧をかけられてしまえば一瞬で黙らざるを得ない立場なのです。無駄に混乱の種を撒かない方がいいと私は判断したのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「見てくださいませあの格好。本当に……」
「あれが噂の?」「しっ、声が大きいですわ」
「くすくす」
「あんな方がタレンティド公爵令嬢に敵うわけがないのにねぇ」
「おとなしく過ごしていれば良かったものを」
「可哀想な方。きっとこの世界のことを何もご存知ないんだわ」
「勉強熱心だなんて聞きましたけれど?」「そんなの聖女様の取り巻きたちが流した噂に過ぎませんよ」
「その取り巻きにも見限られたようですが」「あら」「まあっ」
囁かれる悪意の言葉たちは、いくら無視しようと努めても耳の中に入り込んで来ます。
遠くから聞こえてくる、私を揶揄う声。それはまるで井戸端会議をするおばさんたちの噂話のように広がっていき、学園中に浸透していくかのように感じられました。
主に囁き合っているのは中等クラスの生徒のようです。
中等クラスは伯爵家、辺境伯家、または貧乏な侯爵家の令嬢令息が通うのだそうで、きっとその層にセルロッティさんの取り巻きがいるのでしょう。
自分が出張らず、指示を出すだけだなんて本当に胸糞悪い嫌がらせ。いえ、これはいじめです。最初に出会った時、セルロッティさんは私を低俗な女と罵りましたが、セルロッティさんの方が低俗な頭をお持ちなのじゃないかと言いたくなるほどでした。
暗殺しないだけ慈悲深い? 笑わせないでください。
私はここへ学ぶために来たんです。学んだことが何に役立つのかはいまいちわかりませんが、ともかく勉強しにきたことは間違いないのです。
なのにこんないじめに遭って。悔しいよりも、腹立たしい方が勝ります。
でも。
でも、思ってしまうのです。
私にだって非があるのだと。
エムリオ様に近づくなと言われたのを破った時点で、こうなるのはわかっていたことだと。
ああ、もうどうするのが正解なのかがわかりません。
授業を終え、エムリオ様に相談しに行こうかと悩み、そこでそういえば今日は生徒会の仕事がどうだのと言って勉強会はお休みだったことを思い出します。
仕方ないのでそのまま寮に足を向け、その道中たっぷり悪意に晒されながら、なんとか帰り着いても皆から無視されるばかり。目だけで謝罪されているのがわかりましたが、皆が皆表立って私と話したくないようです。
その日の夢は悪夢でした。
嫌がらせの声が延々と響き、垂れ流され続けるだけの夢。そこに断片的に浮かぶ、過去――主に中学時代に遭遇したいじめっ子たちの顔。
夢の中での暴言はさらに激しくなり、私を責め立てます。「やめて」口から漏れ出す悲鳴。それでもやまない妄言の嵐……。
目覚めるとベッドのシーツはぐっしょりと濡れ、嫌な汗をかいていました。
私は自分の思っている以上に追い詰められているのかも知れない。そう思い、その事実に震える私がいました。
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