125:嫌がらせ
「なんですか、これ……」
泣いて泣き腫らして泣き止んで、授業開始ギリギリに教室へ戻った私は唖然となってしまいました。
その理由は、私の机の上。そこに紙屑が散らばり、無惨に引きちぎられた教科書の残骸があったのです。
――嫌がらせ。
頭にふと浮かんだワードを、私は否定することができません。
理由なんて考えるまでもないことです。私に反感を覚えた誰かが、早速けしかけてきたのでしょうから。
問題は誰がやったのかということ。慌てて教室中に視線を巡らせましたが、気まずそうに私へ視線を向ける大勢の生徒がいるだけでした。
背後のエマさんを振り返ると、彼女は何か言いたげに口をぱくぱくしていましたが、やがて閉口してしまい、結局俯き唇を噛み締めるのみ。
その反応を見てどうやら彼女が犯人ではなさそうだと判断できたものの、だからと言ってこの幼稚な嫌がらせをしてきたのが誰かの答えは出ません。
「誰なんですか。お嬢様たちがこんなことして、恥ずかしくないんですか」
これを言えばさらに恨まれるとわかっていながらも、声を上げずにはいられませんでした。
「知っているんでしょう。男子小学生じゃあるまいし、やめたらどうなんです」
「……あの」
ポツリと声がし、そちらに目をやるとそこにはダーシーさんがいました。
頬をこわばらせながら、まるで勇気を振り絞ったという風にして声を上げた彼女は続けます。
「このクラスの生徒では、ないです。一番に戻ったのは私なので確かです。それ以上のことは、言えません。女神様の遣いである聖女様への不敬をお許しください」
絞り出すような、今にも泣き出しそうな声でした。
どうして彼女が泣くのか。悲しいのは私の方なのに……! 誰にともなく叫びたくなるのを我慢しながら私は努めて冷静に考えました。
ダーシーさんはきっと、嘘は言っていないでしょう。
確かにいつも真っ先に教室に戻るのがダーシーさんなのは私も知っていましたし、第一自分の家に誇りを持っているというダーシーさんは、決して侮られないよう嘘は吐かないと言って自慢げにしていたのです。
その時の彼女を知っている私としてはダーシーさんを疑う気にはなれません。でも隠し事をしているのは確かでした。
「口封じ、ですか」
誰にともなく呟いて、私はため息を吐きます。
貴族といえば金です。きっと身分が上の令嬢だかに脅されれば、子爵令嬢であるダーシーさんは逆らえないはず。つまりおそらくは、この下等クラスではなく別のクラスからやって来た人物と考えて間違いないでしょう。
「私が、何したっていうんですか」
心当たりはもちろんあります。
これは、近年のライトな恋愛小説の展開で散々見てきたものです。王立学園。教科書が破られる。嫌がらせ。聖女。王子、浮気、悪役令嬢……。
私が『ヒロイン』で、セルロッティさんが悪役令嬢だとしたら。
全てがガッチリ一致するように思えました。
――まさか私が召喚されたのは、悪役令嬢ものの小説の世界?
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