124:味方なんていない
なんとも不穏な空気感の中、私たちは何事もなかったかのように過ごし続けました。
しかしその実、一日の過ごし方は今までとまるで違っていたのですけど。
朝、目が覚めて窓を開けると男子寮の方からこちらを見る人影が見えます。そして私は寮を出て、「こんなところで立ち尽くしてたら怪しまれますよ」と言って笑いながら、その人――エムリオ様に挨拶をします。
そして寮に戻って急いで昼食を食べ、一人で上級生下等クラスへ行き、後ろの席のエマさんと適当に話してから着席。背後からの怪しむような視線にずっと耐え、昼休みを迎えるとエムリオ様が連れて行かれて誰にも見つからない場所で過ごし、夕刻になると二人で勉強会をする。
深い関係になったわけでも、それどころかキスの一つだってしません。
それでもきっと側から見ている人がいれば間違いなく恋人同士に思われたでしょう。それくらいエムリオ様と私の距離は近くなっていたのです。
ですが意外にもセルロッティさんからのお咎めはいつまで経ってもありませんでした。
もしかするとエムリオ様がなんとか収めてくれたのかも知れません。
何せエムリオ様は王子様、セルロッティさんは公爵令嬢なのです。どちらもこの国的にはかなりの身分らしいですが、王子様の方が格上には違いありませんからね。
そんな風に甘く考えていたある日のことでした。
「ダーシーさん、おはようございます」
「…………」
朝、ダーシーさんに挨拶をすると返事が返って来ませんでした。
それだけではありません。イルゼさんからは「もう充分でしょう?」と言って勉強を教えるのを断られ、ハンナさんも言葉を交わしてくれなくなって。
そしてエマさんまでも、私を変な目を向けて来たのです。
――嫌な感じ。
でも私は首を傾げます。昨日と今日の間で何の変化があったのか、わからなかったからです。
なんとも言えない視線で見られることは最近増えていました。でも昨日までの態度とは明らかに違い過ぎる。これは異様でした。
そしてその原因を確かめるべく、私は昼休みの時、いつも通りにエマさんとハンナさんのいるテラスのテーブルに行き、思い切って尋ねてみたのです。
「私、昨日、何かしてしまいましたか? 例えば非常識なことを言ったとか」
――数秒の沈黙。
しかしエマさんは覚悟したような顔をすると、ネイビーブルーの瞳でまっすぐ私を見つめて――一言。
「サオトメ嬢とは、もうあまりつるめないの。ごめんね」
そしてバッと席を立ち上がり、走り去るようにして教室の方へ戻って行ってしまいます。
「あ、ちょっと!」
私の呼び止める声は虚しく、エマさんの姿はすぐに見えなくなりました。
彼女の昼食はテーブルに取り残されたままで、それを見るとなんだか空虚な気持ちになり、私は思わず目を逸らします。そして逸らした目線の先にちょうどいたハンナさんも、気まずそうに小声で言いました。
「聖女様。上の者には逆らえない、それが下級貴族の性なのです。それに聖女様の言動は、確かに怒りを買っても仕方のないことなのです」
その時、私は「ああ」と思いました。
いよいよセルロッティさんが動き出したのだということをようやく悟ったのです。一体彼女が何をしたかなんて私にはわかりませんが、そのせいでクラスメートも寮仲間の皆さんも態度がガラリと変わったのでしょう。
そういえば今朝は私を怒りの目で見つめてくる女子生徒がいたように思います。
あれがセルロッティさんの取り巻きなのかも知れません。取り巻きにあることないこと言わせ、私の評判を落としている……そんなところでしょうか。
「結局のところ、異世界人の私に味方なんていないってわけですね」
ずっとチヤホヤされていたので、うっかり自分は特別なんだと思い込みそうになっていました。
でもよく考えてみれば、私はどこにでもいる普通の女子高生だったはずです。特筆すべき点のない高校に通い、そこそこの大学に行って、将来はOLとして会社勤めをするであろう、誰も見向きもしない平凡な女。
聖女なんて持て囃されたところで本質が変わるわけではないのですから当然な話。所詮、私たちの関係なんて仮初のものだったというわけです。
「……悲しいなあ」
食事を終え、エマさんとは対照的に静かに去っていくハンナさんの後ろ姿を見ながら、私は気づくと涙を流していました。
「なんで、こんなことに、なっちゃったんでしょう」
エムリオ様の手を取ったのがいけなかった?
セルロッティさんを怒らせたのがいけなかったのか、女子生徒たちと仲良くなったからこんなに悲しくなるのか……。それともこの学園に来た時点でダメだったのでしょうか?
それよりもっと前なのかも知れません。エムリオ様に会うよりも、王城を出るよりも、レーナ様やニニと知り合うよりも。そもそもこの世界に来たこと自体が間違いだったように思えて仕方なくて、私は一体どうしたらいいのかわからず、しばらくその場所で泣き続けていたのでした。
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