122:優しいエムリオ様
捕まりました。それはもう見事に、動けなくされてしまいました。
実際は体のどこにも触れられてはいないのですけど、体力的にも精神的にも限界で、へなへなと床に座り込んでしまいます。
本当にこの世界にはどうにもならないことだらけです。たとえば今この状況とか。
「い、痛くしないでくださいね」
「何を勘違いしてるかは知らないけど、婦女子にそんなことはしないから安心して」
「なら、いいのですけど……」
誤魔化しの笑みを浮かべる私。しかしそれは全くの無意味でエムリオ様はじっと私を見下ろし続けます。その瞳からさえ逃れられず、私はただ固まっていました。
「ここ数ヶ月キミの姿がどこにも見えないから心配してたんだよ。どうやら一応は無事なようだけど、様子がおかしい。どこか悪いのだったらボクに言ってくれないか」
「……べ、別に、平気です」
本当は平気なんかじゃありません。これ以上話したら殺されるかも知れない。だから今すぐ離れてほしい――。
しかしそう言えるはずもありません。だって言ってしまえば、それこそセルロッティさんの怒りを買って最悪の事態になりかねませんから。
まるでいじめられている子供のような考え方ですが、仕方なかったのです。
「私、用事あるんです。ですから帰ります。そ、それじゃあ」
そう言って立ち上がろうとするも、足に力が入りません。
ああ、どうしましょう。こんなところで腰が抜けるだなんて。どうしてくれるんですか私。こんなところを他の誰かに見られたらいけないのに……。
「大丈夫かい? 顔色が悪いね、医務室に行った方がいい。ボクが運んで行ってあげるから」
誰のせいでこんなに具合が悪くなっていると思っているのでしょう、この人は。
優しい、どこまでも優しい笑顔でとんでもないことを言ってくる……そんな姿はまるで悪魔のようで、だからこそ、恐ろしいのに頷きたくなってしまいます。
ですが私はそれを、ぎりぎりのところで堪えました。
「本当の本当になんでもないんです。ただ、ちょっと驚いてしまっただけで……。ですから気にしないで。そろそろ授業始まっちゃいますから、私、行きますね」
……もう一度立とうと試みるものの、やはりダメ。
必死に必死に足を動かし、両手で体を地面から引き剥がして、やっと少し尻が浮いたと思ってもそれ以上いかないのです。
これは完全にダメなパターンだな、と他人事のように思い、なぜか笑ってしまいました。
そこへそっと差し伸べられる手があります。
もちろんそれは私を困らしてやまない人のものでした。
「ほら、手。サオトメ嬢、エスコートをお願いできるかな?」
男とは思えない、スラリとした白魚の手。
私は立ち上がるためにそれを掴む以外に選択肢を持たず――それはすなわち、彼の誘いを受けてしまったのです。
「……はい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私はエムリオ様にエスコートされながら、全て、本当に全てを打ち明けてしまいました。
本来身分差のせいでエムリオ様とは関われないとアルデートさんに言われたのに、それを守らずに会っていたらセルロッティさんに叱責されたこと。
ゆったりした日々を過ごしているように見えて、その実怖くて怖くてビクビクしながら毎日を過ごしていたのだということも。
「皆さん、私を変な目で見るんです。そりゃそうですよね。私はきっとこの学園に相応しくない人間なんです。
まず格好がアレですし。本の一つも読めないような馬鹿ですし。そのくせ魔法だけは得意で目立ちまくって……。なのに王子様と仲良くなるなんてダメなんです。だから、もうこれ以上関わらないでください。お願いします。じゃないと悪役令嬢に殺されますっ……!」
そう言って、苦渋の決断の上で頭を下げました。
ですが私はとっくのとうにわかってしまっています。無駄に正義感溢れる王子様が、こんなお願いを素直に聞いてくれるわけがないことくらい。
「……わかった。
辛い思いをさせたね。本当にごめん。
ロッティがキミをそんな風にして脅していたなんて……。騎士として、そして幼馴染としても許せることじゃないな。
大丈夫、心配しないで。キミのことは何があっても守るから」
そんな、アニメのヒーローを思わせるクサいセリフを吐いたエムリオ様は、信じられないくらい格好良く見えて。
認めたくはないですが心から見惚れてしまったことは紛れもない事実でした。
「でも、でもっ。悪いのは私でしょう。私、異世界人ですし。それに、もしもセルロッティさんの幼馴染なんだったら、私なんかの言い分よりよほどセルロッティさんの方が信頼できるんじゃないですか? なんで私を庇おうと……庇ってくれようとするんですか? 私が、聖女だからですか?」
馬鹿な問いかけだと気づいたのは言ってしまった後でした。
答えなんて決まりきっているじゃないですか。そう、
「キミが聖女だというのもあるけどそれだけじゃない。ボクは個人的にキミを好ましく思っているんだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
勘違いしそうになる言い方、やめてほしいです。
ただでさえ正義の王子様然としていて、キラキラしている人なのに。
しかも顔がほんのり赤くしながら気まずそうに目線を逸らすの、本当にやめてほしいです。
「……イケメンがそんなことやるの、反則ですよ」
呟いた言葉は口の中で掻き消えてしまいました。
エムリオ様は優しい。だから私は、甘えたくなってしまうんです。
たとえそのせいでこの身が危険に晒されるかも知れないと、わかっていたとしても。
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